足音


818 雷鳥一号 03/04/25 01:35
昔、まだ私が大学生だった頃の話です。 

当時はよく一人で山に何日もこもっていたものです。 
(今は恐ろしくてとてもできないような気がします) 
(・・・よく一人で夜とか過ごせたよなあ) 
中国山地を縦走していたときのこと。 

山に入って二日目、その日は朝から雨でした。 
雨の中で山歩きするのは、意外と体力を消耗するものです。 
へこたれた私は、いつもより早目に野営することにしました。 
ちょうど良い感じに張り出した岩場を見つけたのです。 
岩の下に入れば、雨風を凌ぐのに十分な広さでした。 

インスタントラーメンと缶詰、カロリーメイトの簡単な食事を 
済ませる頃には、雨天のせいか、すっかり暗くなっていました。 
ほっと一息ついた私は早々と眠りについたのです。 

ふと夜中に目が覚めました。 
反射的に時計を確認したら、まだ一時を少し廻ったところです。 
「何・・・?」 
どうして目が覚めたのか。 
覚醒しきっていない頭で、しばし考えていると・・・。 

何か音が聞こえます。バシャバシャバシャ。 
間違いない、この雨の中、誰かがこの岩場の近くで歩き回っている! 

私が最初に覚えたのは恐怖でした。 
てっきり熊か何かだと思ったのです。 
しかし音を聞いているうちに、熊でないような気がしてきました。 
熊でなかったならば、一体何だ!? 
思い出してみると、軽いパニックに陥っていた気がします。 

バシャバシャバシャ。バシャ。バシャバシャ。 
水を跳ね飛ばす音はまだ続いています。 

雨音と足音を聞きながら、まんじりと過ごしました。 
二十分たっても音は去っていきません。 
そのうち、私は恐れとはまた別の思いを抱き始めました。 

何か正体の分からないものに対する苛立ち。 
ある意味、怒りのような思いが段々と私の中に浮かんできたのです。 
今、冷静に考えると、これもまた恐怖の別の形なのかもしれません。 

ついに雨の中、足音に向かって行くことにしました。 
もうかなり極限まで思い詰めていたのでしょう、我ながら恐ろしい。 
(とても今の自分にはできないなあ。若かったなあ) 

しかし、近づくと足音は遠ざかっていきます。 
そしてこちらが岩場に戻ると、また引き返してくるのです。 
何度かくり返しているうちに、足音の雰囲気が変わってきました。 
何というか、こう、切羽詰った感じを受け始めたのです。 

んあ、もう本格的にマズイ、ヤバイ。 
理由も原因も分からないが、ここは良くない場所らしい。 
そう感じた私は、思い切って撤収することにしました。 
夜の山歩きが無謀なのは承知していますが、もう我慢できません。 
荷物をまとめ、ヘッドランプの明かりを頼りに歩き始めます。 

案の定、足音もゆっくり後からついてきました。 
本当にもう泣きそうです。 

足音に追い立てられるようにして歩き続けると、いつしか開けた 
場所に出ました。 
もうだいぶ歩いているはずで、私はヘトヘトになっていました。 

その時気がつきました。後ろの足音が止まっている。 
どうやら足音の主は、私をここへ導きたかったようです。 

まさかここで遭難した人のナニじゃないよな・・・。 
そんなことも頭に浮かびましたが、疲れきった私は足音がしない 
のをこれ幸いに、そこで野営してしまいました。 
もうくたびれ果てていたのです。 

その後はもう何の怪異もなく、翌朝無事に山を降りられました。 
朝になってから、おいおい連れて行かれたらどうしよう?とか 
色々考えたのですが、そういうことはなかったです。 
実際、体験している時よりも、後で思い出したりする時の方が 
恐かったですね。 

帰宅して一週間後、登山仲間とこの話をする機会がありました。 
そこで妙なことを聞いたのです。 

私がこの体験談を話そうとしだしたのですが、 

「この前○×△に入ってたんだけど、」 
「ああ、何でもかなり崖崩れがあったらしいねえ」 
「えっ」 
「南斜面の岩場が大きく崩れたらしいよ。見えた?」 

ひょっとして、私が雨宿りしていたあの岩場も・・・? 
なぜか確認する気にはなれず、しばらく山には入りませんでした。 
しかし、あの夜に崩れるような音は聞いてないのだけどね。 

でも、もしそうならば、あの足音は私を助けてくれたのでしょうか。 
一体何が(誰が)足音を立てていたのか。 
確認に行っていないので、もう真実は分かりません。 
今でも真実を、なぜかそんなに知りたいとは思わないのです。 

奇遇にも、ついこの間、似たような体験をした人の話を聞けました。 
この人の場合は、丹沢の山中だったようですが。 
やはり地崩れする場所から追い立てられたらしいです。 

山の中には、今でも神様がいるのかもしれません。 
ただ、いつもこちらを助けてくれるとは限らないようですが。 

私の数少ない、ちょっと不思議な体験でした。 
長文ご免。  

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