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見えない交渉

コオリノ@特選怖い話:2019/02/20 10:48 ID:rGR2o/x2

 俺は昔、24時間営業の喫茶店でバイトをしていたんだが、その店では本当にいろんな事があったんだ。

数え切れないくらい。



今からその一部を話したいと思う。良ければ最後まで付き合ってくれ。

あれは、俺がまだ店に入りたての頃だった。






春から始めた喫茶店のバイトも、今日で半年になる。



どちらかというと夜行性の俺のシフトは、夜11時から朝方7時まで。



昼間の喫茶店と違って、深夜の喫茶店は変な客が多い。



独り言をぶつぶつ呟いたかと思えば急に泣き出したり、暖かい時期なのにロングコートを着て入店したかと思えば、注文を取りに行くと、なぜかコートの中は下着一枚だったりとか……



とにかくまあ、変なのが多いのだ。いや、もしかしたらこの店だけかもしれないが、



そんな店に今日もまた、変な客が現れた。

時刻は深夜2時。



窓側の席に座った、赤いワンピースを着た20代の女性だ。



入店した時は普通だったのだが、二時間ぐらいしてだろうか、いきなり挙動不審になり、しかもどうやら極度に震えている。



店長に一応連絡すると、



「薬かな〜だったらやばいよね。うーん面倒だなぁ」



と、寝ぼけた声を発し、後でかけなおすよと言ってから既に一時間が経過している。



絶対寝てるだろこいつ。と悪態をつきつつ、厨房にいる相方に相談してみたものの。



「う〜ん、僕女の子と話すの苦手なんだよね。だいたいほら、人と話すのが億劫で、厨房メインでやってるわけでさ」



そこまで話している最中に、



「もう結構です」



と、俺は冷たく言い放って厨房を出てきた。



さて、どうしたものか……とりあえず一度話を聞いてみよう。

大丈夫ですか?と、



それでもし「大丈夫じゃありません」と言われたら、OKレッツゴーポリスと言って110番だ。



俺は自分に頷いて見せると、一応オーダー機を持って女性の元に向かった。



「あ、あの……ど、どうかされ、」



と、そこまで言い掛けた時だった。



「ヒック、ううぅ、ひっく、ぐす……」



泣いているのか?もしかして失恋でもしたのだろうか?



だとしたら、何だか可愛そうだ。俺は何となく申し訳ない気持ちになり、

無言のままその場を立ち去ろうとした、が、



「た、たた、助けて……私、わたし、人を殺○ないといけない、ナイフ、ナイフ下さい。うぅ、ぐっ、ナイフ、ナイフくだ、うぅぅ」



女性がこっちに振り向いた。目は見開かれ真っ赤に充血していた。

尋常じゃない汗のせいでメイクが爛れ、顔は無残にもぐちゃぐちゃ。



俺は体中の血が一瞬で凍るような心地だった。



「ナイフ!嫌!!……ナイフを……ううぅ、こ、ここ殺……し」



女性がなおも喚くように言った。



やばい、やばいやばいやばい!絶対におかしい、普通じゃない!



全身に鳥肌が粟立つのを感じ、俺は急いで踵を返すと、その場から早歩きでカウンターまで引き返した。



OKポリス、俺は迷いなくスマホをポケットから取り出し、110番と打ち込んだ。



が、その時だ。



「あの、ちょっと待ってください」



「えっ?」



声の方を向くと、いつの間にかカウンターの隅に、幼い顔立ちの女の子が座っていた。



見覚えのある顔、それもそのはず、この子はうちの常連さんだ。

しかも深夜帯の常連客。



毎日毎晩決まった時間に現れては、店内の隅の方で、なにやらノートPCで作業をしている。

見た感じは幼いが、整った顔立ちをしていて可愛い。

ちょっと大きな眼鏡もどことなく似合っている。

しかも頼む飲み物はいつもメロンソーダ。

ついたあだ名はメロンちゃんだ。(バイト仲間が勝手につけたあだ名)



その常連客であるメロンちゃんが、なぜか席を移動してカウンターに座っている。



「えと……待ってって、どういうことですか?」



スマホを耳から離して、俺はメロンちゃんに聞いた。



「警察に電話するのはやめたほうがいいです。多分解決しないから」



そう言ってメロンちゃんは席を立つと、窓側の席にいる女性の方へと、無言のまま向かった。



呆然とする俺。店内には窓側に座る女性の泣き声が響いている。

というか泣き声はどんどん酷くなり、もはや嗚咽のようになっていた。



カウンター越しに厨房を見ると、相方は耳にイヤホンをはめて音楽を聴いている。



あの野郎……憎々しく思いながら、俺はメロンちゃんの後に続いた。



メロンちゃんは女性のもとにたどり着くと、徐に席に座った。



えっ?反対側じゃないのか?



俺はてっきりメロンちゃんは女性の正面に座るのかと思っていた。

しかし正面には座らず、女性の隣に座ったのだ。



メロンちゃんがゆっくりと口を開く。



「何を……されてるんですか?」



女性は何も答えるわけでもなく、嗚咽のような泣き声を続けている。



「なぜ、そんな事を?」



メロンちゃんが独り言のように言う。



ん?



ちょっと待て、その質問はおかしくないか?

女性は何も答えていない。なのになぜそんな質問?

もしかして俺に聞こえないくらい小さな声でやり取りしているとか?



俺は距離を縮めるようにテーブルに近づき聞き耳を立てた。



「なるほど。確かに外にはたくさんの人が行き交ってますもんね。朝になればこの倍くらいはいるのかな」



えっ?



今度は変な受け答えだ。

それに女性は間違いなく何も喋っては、その時だった。



メロンちゃんと女性が座る席の正面、誰も座っていないはずの席なのだが、そこにある窓ガラスには、何かうっすらとしたものが映った。



気のせいか?



目を凝らし、もう一度窓ガラスに目をやる。



視界がぼんやりと滲み、思わず目を擦る。



が、違う。

目がどうとかじゃない、窓ガラスに映る何かが、じんわりと、何か白いものが蠢いている様に見えるのだ。



それはやがて形を帯びていき、白いワンピースの女性が窓に映って……



「うわぁぁぁっ!?」



無意識に喉から飛び出した叫び声、俺はその場で転げそうになった。



なななな、何だ今のは!?



目を凝らしもう一度窓に目をやる。

何も映っていない。



錯覚?



目をこすりもう一度見るが、やはりそこには何も映ってはいなかった。



「ではどうしても駄目ですか?」



再びメロンちゃんの声。

もはや意味不明だ。

俺にはさっぱり分からない。



頭の中がショートし、もはや投げやりな状態になっていた。

もうどうにでもなれの気分だった。



「あの?」



突然の声。どうやらこれは俺に向けて発した声のようだ。



「へ?あ、はい?」



間の抜けた声で返事を返す。



「どうも交渉には応じてくれないようです」



「こ、交渉?」



何を言ってるんだこの子は?



何だか女性とメロンちゃんが同類に見えてきた。

明らかに二人とも異常だ。

それとも二人はグルで、俺を騙そうとしているんじゃないか?



が、なぜそんな事を?と考えると、逆に頭がパンクしそうなので止めた。



今はこの置かれた状況を早く脱せればいい、ただそれだけだ。



「この子は諦めてもいいそうですが、それ以上はだめだそうです。どうしますか?この子だけでも開放してもらいますか?店はそれで落ち着くと思いますけど、」



それを聞いて俺は多少安堵した。とにかく今はこの状況から開放されたい気持ちで一杯だ。

店が落ち着くならそれが一番だ。



「よ、よく分かりませんがそれで、それでお願いします!」



藁にもすがる気持ちだった。

するとメロンちゃんは顔色一つ変えず無表情なまま、



「分かりました……」



と、一言だけ呟いて、何やら窓の外を指差し始めた。



窓の外、通りすがる通行人が指を指された事に対して、怪訝そうな顔をして店内に奇異の目を向けてきた。

俺はすぐにその通行人に頭を下げた。

もはや営業妨害レベルだ。



そう心の中でぼやくと、突然、



「うわぁぁんっ!」



女性の泣き声だ。

さっきみたいな、何かとり憑かれた様な泣き声ではなかった。



メロンちゃんにすがりつくようにして泣きつく女性。

そんな女性の頭を、メロンちゃんは優しく撫でている。

そして俺の方に向き直ると。



「タクシーを呼んであげて下さい。この子はもう、大丈夫ですから」



「は、はい」



俺は返事を返すと、急いでタクシー会社に電話した。





程なくして一台のタクシーがやってきて、俺は車の中まであの女性を運んだ。



「酔っ払いですか……?」



と、迷惑そうな顔で運転手に言われたが、



「失恋したみたいなんでそっとしといてやって」



と言っておいた。




店内に戻ると、メロンちゃんが帰宅の準備をしていた。



「あの、もう帰るんですか?まだお礼もできていないのに」



そう言うとメロンちゃんは、



「店員さん、帰りは歩きですか?」



と聞いてきた。

またもや意味不明な質問。

が、一応助けてもらったのだから、ぞんざいな受け答えはできない。



「いえ、バイクですけど……」



「そう、電車じゃないんだ。ならいいか……」



ポツリと言うと。メロンちゃんは代金をカウンターに置いて、頭をペコリと下げてから、店を出て行った。



代金に目をやると、ぴったしだった。







翌朝、俺は昼勤の奴らに引継ぎをし、店を後にした。



店長に嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、やめた。

疲れた。

とにかく疲れた。



俺はバイクに乗り、アパートに帰宅した後ベッドに沈むようにして爆睡した。





何時間立っただろうか。



ピーピピピ!ピーピピピ!




スマホの着信音に、俺は重たい瞼を目を擦りながら起きた。



「はい……」



寝ぼけた声で返事を返す。



「良かった、無事だったんだね!」



店長だ。



それにしても何だ?無事って?



「あの、何ですか無事って?」



「あれ知らないのかい?まあ寝てたんならしかたないけど、駅の方で通り魔事件があったんだよ。丁度君の帰宅時間と被ってたから気になってね」



「通り魔事件?」



俺は聞き返すようにいうと、急いでテレビをつけた。



何度かチャンネルをかえると、やがて緊急生放送、と書かれたテロップ画面を見つけた。



喫茶店から近い見慣れた○手駅をバックに、一人の報道記者らしき男が、青ざめた顔で必死にリポートしていた。



「この事件により、計13名が重軽傷を負いました。被害者の方の安否が気遣われます。以上現場からの……」



現場から場面がかわり、大勢の警察官が一人の男を連行していく場面に切り替わった。



「ただいま容疑者が連行されて、」



新たなリポーターが実況を始めた。が、俺はそこで愕然としてしまった。



テレビ画面の中、連行されて行く男の顔に見覚えがあったからだ。



忘れもしない。深夜、あの女性を説得していたメロンちゃんが、窓の外を指差していた時、通りかかった通行人の男性……間違いない、あの男だ。



俺が頭を下げたあの男、



何で……。



こんな偶然があるのかと自問自答しそうになった時、俺はふとあの言葉を思い出した。



確かメロンちゃんは俺にこう言った。



「帰りは歩きですか?」、「電車じゃないんだ」と、



言い知れぬ不安に突如襲われ、俺は怖くなりいてもたってもいられなくなった。



何なんだ。



一体何が起こった?あの夜何があったんだ!?



必死に考えたがうまく頭が働かない。



会うしかない、メロンちゃんに。

もう一度会って本人に確かめるしかない。




俺はそう決心し、夜を待った。







いつもと同じように出勤し、メロンちゃんが入店する時間まで待っ。



やがて、時計の針が二本とも真上を指したとき、店のドアベルが鳴った。



腰まであるゆるふわな髪の毛をかき上げながら、メロンちゃんが入店してきた。

ヘッドフォンを耳から外し、いつもの場所、いつもの席に着く。



「いらっしゃいませ……」



と、俺は言ってから、オーダー機は持って行かず、あらかじめ用意したメロンソーダを持って、メロンちゃんの席に向った。



「メロンソー、」



メロンちゃんが俺に注文するが、俺は彼女が言い終わる前に、メロンソーダをテーブルに置いた。



「昨日のお礼だ。で、あんたに聞きたい事がある」



ぶっきらぼうな物言いは百も承知だ。だが、何となくだが、俺はメロンちゃんにどこか恐怖を感じていた。



それが分かるまでは警戒を解くわけにはいかない。



「聞きたい事……ああ、ニュース、見たんですね」



無表情のままメロンちゃんがボソリと答える。



けだるそうなぼんやりとした瞳。

何でこの子はいつもこうダウナーなんだ?



「ニュース?じゃあアンタやっぱり何か知ってるんだな?」



俺は苛々しながらもメロンちゃんに聞いた。



「ええ、まあ」



「あんた昨日言ったよな?帰りは歩きか?って、俺がバイクだって答えたら、電車じゃないんだって、そしたらどうだ、俺の丁度帰宅時間に、○手駅で通り魔事件が起こった。しかも事件を起こしたのは、あんたが昨日の深夜、指をさした、窓の外にいた男だ!」



「あれは、あなたがそうしろって言ったから……」



「俺が?一体何言ってるんだ?」



「私聞きましたよね?この子だけでも開放してもらえますかって。あなたにも見えたでしょ?少しだけだったみたいだけど、白いワンピースの女……」



「白いワンピース……そ、そんな!?いや、あれは錯覚でそのっ」



俺は言葉に詰まった。



なぜ、なぜあの時の事をメロンちゃんは知っている?



確かに驚きはした。だが何を見たかは誰にも話していない。



「正直驚きました。私以外にも見える人がいるんだって。とにかく、あの白いワンピースの女性はどうしようもなかったんです」



「どうしようもって……何がだよ?何なんだよ!?」



俺は思わず怒鳴り散らしていた。



だが、メロンちゃんはそんな俺の怒鳴り声にも微動だにせず口を開く。



「だって、あの白いワンピースの女性、皆殺○にするって言ってたんですもの。私の横にいた女性を使って、私とあなた、厨房にいる人も、そして朝になったら、この店の前を通る、幸せそうな顔をした人も皆……」



「み、皆殺しって、そ、そんな……!?」



「あの赤いワンピースの女性が、店に連れて来ちゃったみたいですね。この店、留まりやすい場所みたいだから。霊道って言うのかな?」



留まりやすい?霊道?さっきから何を言ってるんだこの子は??



いや、それよりも、



「ま、待ってくれ、じゃああの時、この子は諦めてもいい、でもそれ以上はだめだって言った後、外の男を指差したのは……!?」



麻痺していく心に、悪夢のような恐怖が膨れ上がってゆく。



「はい、赤いワンピースの女性の代わりに、あの人に憑くようにと、」



そこまで聞いて、俺は突如いう事を聞かなくなった足腰を支えられず、床にへたり込んでしまった。



耳元に、ストローを鳴らす音が響いてくる。



「私とあなた、共犯ですから。罪は一人より、二人のほうが軽いと思うんですよ。チュ〜」



そう言ってメロンちゃんは、相変わらずけだるそうな顔でメロンソーダを口に含んだ。



炭酸の泡が、シュワシュワと音を立て、俺の目の前でパチパチと弾けながら、消えて行った。

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