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青い鬼 前編

とうま◆QOo/wCnU9w@特選怖い話:2021/09/01 20:24 ID:21D25rRs

俺には4つ年上の姉がいる。
暗がりの世界を覗き込み、薄く笑ってその淵に佇む。
祀られたモノ、家に棲むナニか。
古い庭の片隅、ぽつりと存在する家守神の鳥居の奥からするする伸びた、女の手。
きゃはきゃはと耳障りな、かすれて甲高い子供の声。
鬼のいる場所は一つではない。

姉が中学に入ってから、初夏の話である。


祖父母の家から新居に移ってだいぶ時間が経ってから知った事だが、引っ越しの理由とそれにまつわる父の素行は、悲しい事に田舎ゆえの遠慮の無さで当時かなりの早さで親達の間で広がったらしかった。
わかっていた事だが、父は世間からの自分の評判に対して大いに荒れた。
深酒をして世間への恨みを暴言でもって挙げ連ね、それは時折2階の子供部屋まで響いたらしい。
らしいという曖昧な表現になるのは、不思議なことに俺の記憶には父の罵声などほとんど残っていないからだ。子供ゆえの恐怖心で忘れてしまったのかとも考えたが、当時の事を姉に問うと、

「あんたは『赤い鬼』の外側にいた。奴等の邪魔者は増えないにこした事は無かったんだろう。鬼にとってはあんたも目障りな『とや』にかわりはない」

と、興味なさげに呟くだけだった。
俺にはわからなくとも赤い鬼はあの時も確かにいて、家族の中を荒らしまわっていたのだと思うと今でも酷く悲しい気分になる。
あの頃、姉の目には赤い鬼達がどう視えていたのだろう。


ともかく、親が白い目で見れば子供もそれに習うもの。
姉と小学校での友人は引っ越しを起点にずいぶん疎遠になっていた。
結局中学に上がって以降、小学校の時に友人だった人達の名前を、俺は一度も姉の口から聞くことはなかった。
代わりに姉は中学に入ってしばらくして、新しく親友と呼べる人を2人得たようだった。
同学年の恵さんとコノミさん。
二人ともたまに家に遊びに来ることがあったし、逆に姉が遊びに行くこともあったようだ。
恵さんはわりといいところのお嬢さんらしく、おっとりとした雰囲気の優しげな人だった。会社の社長さんの娘さんで、恵さんの弟は俺が転校したの小学校で同じクラスになった活発な少年だった。
俺も恵さんの弟のT君とはわりと早く仲良くなり、一緒に遊ぶことも多かった。
穏やかな風貌の恵さんに対して、コノミさんは当時小学生の俺でもわかるような大人びた雰囲気のすごい綺麗な人だった。
人を寄せ付けない雰囲気で、黙っていれば高校生に見えるぐらい落ち着いていた。俺にはとても優しい人だったが、町での評判はあまり良くなかった。
大学生ぐらいの男の車に乗って、頻繁に夜まで帰らずに遊びまわっている不良娘。
お嬢さんと素行不良少女。
この正反対とも言える二人が、中学生の3年間、姉と長く時を過ごす事になる。


一方で父と姉の仲はいよいよ険悪になっていた。
新居に引っ越して2階に1人部屋を得た事も大きかっただろう。姉は家にいる時間のほとんどを自室で過ごし、そうでなければ町の図書館でいつも調べ物をしているようだった。
中学生が読むには分厚すぎる古い本を何冊も借りては読みふけっていた。
調べ物以外の時間は、父の外出している時間を見計らって恵さんの方が家に遊びに来ることが多く、逆にコノミさんとは外で会っている姿をよく見かけた。
もっとも父は世間に対しては極めて『普通』の父親の姿像をしていたから、恵さんと鉢合わせることがあっても愛想よく振る舞っていたそうだった。
『これ以上悪評がたっても困るって、流石にあの人がいくら馬鹿だってわかるさ』と、二階の子供部屋で姉は皮肉げに笑んでいた。


「姉ちゃん、さすがにお父さんが怒るよ」
「あの人はもう、いつでも怒ってるよ。それ以外は欲と恨みしか無いんだよ」


それはもはや中学生が浮かべる表情ではなく、父親というよりは嫌悪する他人に向ける何処か遠い言葉だった。
姉の言葉はいつも難しく、俺にはわからないことばかりだった。
大人になった今でも、あの日の姉を理解できているとは思っていない。


その頃、俺は俺で一つの悩みを抱えていた。
学校に行くと、ある特定の条件の時に嫌な音がするのだ。
最初ソレが聞こえた時は、何の音だろうと一瞬首をかしげて、けれどキャッチボールの最中だったからすぐに意識の外に行き、そのまま忘れてしまった。
音は、最初は遠かったのだ。
それがだんだん近づいてきた。
それは多分足音で、しかも徐々に数を増やしている気がした。
ひた、ぐちゃ、ひた、にちゃ、ひたひた、びちゃっ。
足音というのはあまりに気色の悪い、何かでぐっしょりと濡れたモノが徐々に距離を詰めてくる。
決まって、それはT君と二人きりの時。もっと酷いのは、恵さんが小学校へT君を迎えに来た時だった。
「こんにちは、とうま君。いつもTと一緒に遊んでくれてありがとうね」
「姉ちゃんうっせー!恥ずかしいから迎えとか来んなよ!!」
「Tが道草ばっかりして遅くまで帰ってこないから、家族がみんな心配するんでしょう?嫌だったら早く帰ってきなさい」
何気ない姉弟のやり取りの中、ソレは俺達の周りを取り囲んでぐるぐる、にちゃ、びたびたと歩きまわっていた。
ソレが聞こえているのは当然俺だけで、その音がやってくる度に、俺は急に世界と自分とがズレたような酷い恐怖心に襲われた。俺は姉のようにナニかに対して対処ができるわけではない。
この音が自分に襲いかかってきたら自分はどうなるのかという想像は、吐き気がするほど嫌な感覚だった。胸の奥がずんっと何か黒い暗いもので押しつぶされるような、そんな錯覚すら覚えた。
もしかして姉はいつもこんな恐ろしい世界に一人でいるのかと、ようやく俺は人でないモノの世界のごく片隅に触れ、ともすればあがりそうになる悲鳴を飲み込んんだ。
早く帰ってくれと、その時ばかりはT君を疎ましく思った気がする。
怖くて、恐くて、たまらなかった。
けれどごく普通の状況のはずのT君は、いつも妙に家に帰るのを渋るのだった。

「じゃあまたね、とうま君」

穏やかに微笑まれて、俺は我に返った。何分経ったのだろう。時間の感覚はまるで無かった。
恵さんとT君が家へと帰っていく。
明るい夕日の中、二人について遠ざかる足音が耳について離れなかった。


それでも俺は学校を休むことなく、こりずにT君と仲良く遊んでいた。
いいヤツなのだ。あの音さえなければ、一番の友達と言ってもいい。転校して緊張している俺に、一番に声をかけてくれた。
クラスでも人気者で、明るくて、一緒にいてすごく楽しい。
そんな友達を自分だけに聞こえる気味の悪い足音で疎むのは、酷い裏切りをしているように思えた。
そのうち音は消えるかもしれない。俺の気のせいかもしれない。
姉ちゃんにこれ以上、変なことに関わってほしくない。
何度も耐えて、しかし足音が消えないどころか増え続ける事に、俺はうまれて初めてこれが絶望感というものだろうかと考えていた。
どうしたらいいのか、もうわからなかった。
学校近くの公園でぼんやりと一人で過ごしていると、

「ねぇ、ゆきちゃんの弟くん」

背後から不意に声をかけられ、俺は飛び上がるほど驚いた。
振り返るとそこにいたのは、コノミさんだった。暑さの厳しい日だったのに汗の一つもかかず、セーラー服をまとって一人佇んでいる。
日に焼けない白い肌は気の滅入っている今の俺には、そんなはずはなくともいっそ人でないのモノのように感じられた。
「こんにちは、コノミさん。姉ちゃんは一緒じゃないんですか?」
挨拶をする気分ではなかったが、俺は無理やりにでも笑顔を作った。
長いまつげ、黒く長い髪。黒い瞳が俺をじっと見つめている。表情をなくすとこの人は本当に綺麗な人形みたいだと場違いな事を思っていたが、続いた言葉に俺は体を強張らせた。

「ソレ、ゆきちゃんに相談しないの?」

白い指が、俺の座った場所から少し離れたところを指している。
俺には何も視えない。
コノミさんには何か視えているのか。


「ソレ、放っておいていいものじゃないよ。友達思いもえらいけど、つかまっちゃうよ」


「なに・・・・・・なにか」
いるんですかと聞こうとして、それは俺を呼ぶ声に遮られた。
「おーい、とうま!なんで帰るんだよ、探したぞ!」
駆け寄ってくるT君の姿に、どうして今なのかと神様を恨みたい気分になった。
ずるっ、ぐちゃ、にちゃ、ぎちゅぐじゅ、べたっべたっ。
足音が、今は何人分になったのだろう。 

「弟くん、これあげる。はやく相談するんだよ。アレは私じゃ無理だから」

コノミさんが何かを手に握らせた。瞬間、足音が嘘のようにかき消えた。
「じゃあね」
とT君が着くより先に身をひるがえして、コノミさんは何処かへ行ってしまった。
握った手を開くと、白い紙を袋状に折り畳んだ中に何かの粒が入っているらしい、不思議なものがあった。
白い紙袋を慌ててポケットに隠す。何故かそれがT君に見つかってはいけない気がした。
汗をかきながら笑顔で駆け寄ってきたのは、ずいぶん久しぶりに感じられる、ごく『普通』のT君だった。
普通のありがたさに、怖いもののいない世界に、俺は泣きそうになった。
けれど、
「相談があるんだ、内緒の。お前の姉ちゃんて幽霊とかみえるんだろ。なあ、困ってるんだよ。なんとかしてほしいんだ」
「え?」
T君が口にした言葉の内容に、俺は再び恐怖の底へ突き落とされる事になった。
俺が姉の事に関して何を言ったとしても、T君は相談を止める気はなかったに違いない。
T君の顔色にも、恐怖と憔悴の色が見て取れた。
「助けてくれよ。姉ちゃんが、時々婆ちゃん達になるんだ。青黒い鬼の婆ちゃん達に」
ぐらりと足元が揺らいで目眩がした。


『境界なんか、本当は無いんだ』

いつか聞いた姉の言葉が、耳元で響いた気がした。



相談は姉と俺とT君の三人で、図書館の勉強室を借りて行うことになった。
小さい一室ではあるが音漏れも無いし、誰かに話を聞かれる事もないだろうと姉が選んだ場所だった。小学生に中学生が勉強を教えている体で、机の上には適当に教科書が広げられている。

「それで?誰から私の事を知った?教えられた?吹き込まれた?」

威圧するように、姉はT君を睨みつけた。
外向きには優等生の皮をかぶって行動している姉が最初から攻撃的な姿勢を見せるのは珍しい。
萎縮したT君はうつむいて半ズボンの裾を握りしめたまま、黙りこくってしまった。
しばし待っていると、

「町でとうまとお姉さんが歩いているのを見たことがあって、そしたら姉ちゃんが家の外なのに婆ちゃん達になって・・・・・・『アレはヨソの所のだから近づくんじゃないよ?ヨソのは盗っちゃいけないからねえ?あぁ、アレは駄目。おぞましいモノだ。ヨソの視える子は嫌いだよ』って言ったんだ。婆ちゃん達は家の中でしか出てこないと思ってたのに」
「へえ?」

俺はT君の言葉に絶句し、逆に姉は楽しげに笑った。

「『青黒い鬼の婆ちゃん達になる』・・・・・・ねぇ?変なモノが言ってた事を信じて、その言いつけに逆らってまで私のところへ来ていいのか?本当は恵が私の事を嫌いで、ただのでまかせや悪口を言ったとか考えなかったのか?」
「考えなかった。婆ちゃん達はほんとの事しか言わないんだ。婆ちゃん達が言った事は良い事でも悪い事でも絶対に当たるんだ」
「ふーん?その婆ちゃん達に嫌われてる私に相談していいのか?今よりもっとずっと怖いことになるかもしれないぞ?」

ニヤニヤとわざと悪意があるかのように意地が悪い表情で、姉は嗤い続けた。実際に文言としてはT君を脅している。
もっとずっと怖いこと。具体的に何がどうなると言うわけではなく、ただ不安を煽る。


「姉ちゃんが、いつか婆ちゃん達と同じモノになるのが嫌なんだ!ウチでは普通だってお父さんもお母さんも言うけど、あんな化け物になるなんて絶対に普通じゃない!婆ちゃんだって死ぬまではあんなに優しかったのに!化け物になるのが幸せなんておかしいよ!!」


いつしかT君は泣いていた。
『姉ちゃんごめん、何にもできなくてごめん、怖くてごめん』と繰り返し謝りながら。
T君は恵さんが大事で、とてつもなく心配なのだろう。
わけのわからないモノに家族を脅かされる怖さは、俺にも覚えのあることだった。
できることなら助けてあげてほしい。でも危険なことには関わってほしくない。相反する感情が言葉にならずにただ沈黙になる。
部屋が重苦しい空気に潰されそうになった瞬間、ぱんっと姉が手を叩いた。

「化け物になる、か。いいだろう。興味がわいた。手を貸さないでもない」
「助けてくれるの?」
「何をもって助かるというかは、私にはわからないな。できることはするが、手に負えるかはわからない。だが、恵が『青い鬼』にはならないようにしてやる」

それでいいか?とハンカチでT君の涙を拭ってやって、その日姉は初めての優しさらしきものを見せた。
T君はひどく安心した様子で、また泣き出してしまった。
誰にも言えなかったのだろう。
小学生が一人で抱える不安はどれほどのものだっただろう。

「よく頑張ったな」

T君を撫でる手が優しげであるほど、俺は悲しくなった。
どうして姉には助けてくれる人がいないのだろう。
姉もまた、赤い鬼と独りで戦っている事に変わりはないのに。。


そこからはT君の家の詳しい事情を聞くことになった。
拙いながらもT君は一生懸命自分の知っている範囲の事を伝えようと努力していた。
T君の家には庭の片隅に代々神様を祀っている小さな鳥居があるらしい。
鳥居だけで祠はない。社も無い。けれどその古ぼけた鳥居は丁重に敬われて、ずっと大事にされている。
しめ縄は無く、紙垂のみが鳥居の前部分に下げられている。

「前だけ?四方では無く?」

姉は俺達にはわからない不思議な質問をした。

「前だけです。1ヶ月に1回は必ず取り替えて、あとは急に汚れてた時とかに姉ちゃんが交換する。前はお母さんがやってた」

商売繁盛の家守神様と教えられ家族みんなが敬っていたが、T君のお婆さんだけは生前その鳥居を非常に恐れていたそうだ。
鳥居には近づかなかったし、みんなでやるお参りもしなかった。T君のお爺さんは寝たきりになるまでそんなお婆さんを責めたが、よそから嫁いできたお婆さんは頑として譲らなかったそうだ。
どうもお婆さんは視える人だったらしく、T君もお婆さんといる時に一度だけ異様なモノを見たという。
鳥居の奥、草むらの暗がりからお婆さんへと伸びた、青黒い肌色をした異様に長い女の腕。
腕はお婆さんを掴みそこなって、またするすると鳥居の奥へと戻って行った。
キャハァ、アハハという甲高い子供のような声と共に。
鬼ごっこで遊びながら相手を捕まえるのに失敗した時のような、無邪気だが不快に高い声だったそうだ。
それから、T君は家に神様の部屋があると言った。
普段は掃除以外には入ることは無く、閉められている、飾り気の無い六畳間。入る時には膝をついて礼をしてから、出る時も同じように礼をしてから。
神棚もなく、鳥居もなく、紙垂も、しめ縄も無い、ただの部屋に礼節をつくしている。
この部屋がまっとうに使われるのは、家の女性が死ぬ少し前。死後安らかに過ごせるようにと神様の部屋で手厚く介護され、それは亡くなる時まで続く。
無論お婆さんもその部屋で介護されて亡くなったが、最後の最後まで脱走癖が抜けなかったらしい。
お婆さんは病気で体を壊して寝付いた頃に呆けてしまい、わけのわからないことばかりを言って神様の部屋から抜け出しては徘徊し連れ戻されていたが、T君はあの時お婆さんが口にしていたのは本当に視えていたものを嫌がっていたんじゃないかと、今では思っているそうだ。

「怖いよう、怖いよう。ぶよぶよの女が私を囲んで見てる。腕がたくさん伸びて私を触ってるのよ。あぁ、助けて助けて、ここから出して。ここは嫌、いやいやいやいやーっ」

お婆さんはやがて老衰で亡くなった。やつれ細って生前の面影は無く、死んだ肌色はいつか見た鳥居から伸びた腕の青黒い色によく似ていた。
神様の部屋で葬儀は執り行われ、その時だけ何処から出してきたのか仏壇があったことをT君は不思議に思ったそうだ。
火葬場で焼かれ、骨になった祖母は、何故か2つの骨壷に入れられて仏壇の亡くなった神様の部屋の中央に安置された。1週間か2週間か、正確には覚えていないがいくらかの時間が過ぎ、大きな骨壷はお墓へおさめられ、小さな骨壷は何処へ行ったのかT君にはわからないままになった。

「そうして少し経って、家の中で姉ちゃんが婆ちゃん達になるようになったんだ」

ある日恵さんがお婆さんの声で喋った。


『N家はもう駄目。商売は切りなさい』
『S家は社長が死ぬから息子はもう駄目。切りなさい』
『K家はウチの水がいいから言うことをきくでしょう』


「予知・・・・・・託宣か、あるとこにはあるもんだな」
姉は感心したように言った。
声は最初のうちこそお婆さんのものだったが、だんだんといろんな女の声の輪唱のようになったそうだ。子供、若い、女、老婆。様々に。
両親はこれを喜び、恵さんに綺麗な着物を着せ、神様の部屋に祀った。
恵さんはしばらく戻らなくなった。T君は異常事態に夜中こっそりと言いつけを守らずに、礼もせずに神様の部屋に入って、恵さんを引っ張り出した。
恵さんは半分だけ元に戻り正気の時と、青黒い鬼のような姿のお婆さん達が恵さんの体に重なって視えるような、おかしな状態の時が交互になってしまったそうだ。
それから時折、濡れた足音がT君の周囲をぐるぐると責め立てるように歩く音がきこえるようになった。

「その青黒い鬼はどういう風に視えるんだ」
「顔はその時その時で違って角みたいなのがあるんだ。髪の毛とかも長かったり短かったりするけど、なんかずぶ濡れになったみたいな感じ。あと、腕が長い。時々腕の数が多くて、足のほうに近づくと暗くなって影みたいな感じになる。足元は真っ黒」
「首から下、腹とか、腰とかは?」
「全部姉ちゃんに視える」
「へえ?すごいな。本当に化け物じゃないか」

楽しそうにいうところではないと文句を言いかけたが、姉の目がいつになく爛々としていて俺は若干の戦慄を覚え、黙ってしまった。
もとよりこういった現象に俺が何かできるわけではない。ただ物事を聞き、事態がどう収まるかを傍観するしかないのだ。
「まぁ、構造は大体わかったよ。何とかなるだろう」
「今のでわかったの!?」
俺達は驚愕した。姉は頷くと、
「あとは現物を見ないと何とも言えないが、ご両親と恵のいない日に遊びに行かせてもらおうか。ちょうどいい日、わかるか?」
こともなげに言った。
T君は未だ半信半疑といった感じだったが、
「お父さんとお母さんは仕事で大体六時半までは帰ってこないし、土曜日は姉ちゃんピアノの稽古があるから四時ぐらいから六時ぐらいまではいない」
「じゃあ明後日だな」
話疲れたというように、椅子の上でうんと両手を伸ばして、密かに姉が呟いた言葉を聞いてしまったのは不幸な偶然だったのだろうか。


「赤い鬼の前に、青い鬼と対峙するのも悪くない」


暗く、深く、どこか楽しげな、聞く者が不安になるような声で唄うように囁いた。

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