記憶 - 伊集院光

これは僕の友達のタカちゃん、「佐藤たかふみ君」から聞いた話なんですけど。

タカちゃんは引越し業者で仕事をしていて、
その日は栃木の現場へ、チーフが一人・同僚一人・それに自分の三人で
マイクロバスで向かっていたんです。

バスに揺られながら外の景色を見ていたら、
現場が近づいたあたりで、
(あれ?俺この辺来た事ある…)
って気がしてきた。

そうこう思っているうちにバスは現場に到着した。
見ると現場は、大きくて古い二階建ての和風建築のお屋敷。

なんでも、もう取り壊してしまうので、
中の物を運び出して欲しいっていう依頼なそうだ。

その現場の前に立ったらいよいよ記憶の扉が開き始めて…
(うあ…俺絶対ここ見覚えあるわ…この前を何度も通った事がある)

それで家を眺めていって、二階の窓の感じを見たところで、
もう堰を切ったように映像が浮かんできてたんですって…

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あ!俺はこの家より向こうに住んでて、それでこの先に駄菓子屋さんがあって、
俺はその駄菓子屋さんに行こうとしてたんだ…
そしたら上から折り紙で折られた赤い紙風船が落ちて、それを拾って見上げたら、
そこに女の子がいた…
女の子が上半身だけ乗り出して、こっちを見ている映像が浮かんできた。
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表札を見たら「菊池」って書いてあった。

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菊池…菊池あやめちゃんだ。

その女の子に突然「名前はなんていうの?」って聞かれて、
「佐藤たかふみです。おねえちゃんは?」って聞いたら、
「私は菊池あやめです。お友達になって。」って答えたんだ。

「わかった。じゃあ今から駄菓子屋さんに行こうよ」
「私はこの部屋から出られないから、上に上がってきて」

でも自分は駄菓子屋さんに行くのと、その後何か用事があったかで…
「じゃあ明日遊びに来る」
「約束ね!」
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そのワンシーンを、まるで映画のように刻名に思い出した。
ただ、その続きは全然出てこない。

(あれ?その後は…その後はどうしたっけ…)
ってぼんやり思ってたら、チーフに呼ばれて、お屋敷の中に入って、
玄関に行くんだけど玄関には何の覚えもない。

(という事は、明日二階に遊びに行くって約束は…果たしてないんじゃないかな?)

そこにヨボヨボの依頼主のおじいさんが出てきて、
これは運んで下さい。これは捨てて結構です。」って説明をはじめた。

でも自分は気になって気になって仕方がないから、
そのおじいさんに、
「あの…菊池あやめさんって今どうしてます?」って思わず聞いたら…

そのおじいさんがいきなりブチ切れて、
「なんだそれは!私は昔からここに一人で、一人で!住んでる!
あやめなんて知らない!そんな女の子なんて知らない!」

「え…でも女の子が…って言いましたけど…」って言おうとしたら、
おじいさんがチーフの方を向いて、
「なんなんだ!お宅の会社は!依頼主のプライバシーにズカズカ踏み込んでくる、
そんな教育をしてるのか?この若者をつまみだせ!そうしないと会社を変える!
引越し業者をかえてやる!」って怒鳴ってきかない。

で結局チーフに言われてその仕事は外れちゃって…
それで一人で帰るんだけど、一度思い出してしまったあやめちゃんの事が気になって、
気になって気になって気持ち悪くて。

それで実家の母親に電話をかけて、
「今日栃木県の◯◯ってとこに仕事に行ったんだけど、俺あの街に住んでた記憶があるんだ。」
って聞いてみた。

そしたらお母さんが、
「よく覚えてたわね。まだ三歳になるかならないかの頃よ?
お父さんとお母さんが離婚して親権の問題で、
半ば無理やり父親の栃木の実家へ連れていかれた事があったの。
二・三週間で連れ戻されたんだけど…よくそんな短い期間の事覚えてたわね?」

(やっぱりあの記憶は本当だったんだ…じゃあ…あの子どうしてるの?二階はどうなってんの?)

それですぐに一緒に行った同僚にメールをして、
「あの家の二階はどうなってた?」って送ったら、
十分位でメールが返ってきた。

「二階気持ち悪かったぜ」って文章と、三枚の写メが添えてあって、
一枚目は、古ぼけた子供用の車椅子。
二枚目は、床一面に散らばった赤い折り紙の紙風船。
三枚目は、壁に何かでひっかいたような文字で…

『たかふみ許さない』

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