黒メガネの男 - つまみ枝豆

これは僕が小学校六年生の時の体験談です。
僕が初めて、これが霊体験かと認識した時の話です。

その日はうちの十歳上の兄貴とその友達と車に乗って伊豆の白浜というところに遊びに行ったんです。
浜について早速泳ごうかと。
兄貴は僕が泳ぎが達者なのを知っていたので「お前も好きに泳いでこいよ」という感じで泳ぎ始めたんです。
元々伊豆の海は綺麗で、少し先までも一面見渡せるような海だったのでドンドン僕は泳いでいきました。

しばらく泳いでいって海の底を見るとちょうど十メートルくらいの深さだったと思います。
平泳ぎでドンドンと泳いでいって、何気なく海底を見るとその海の底に黒縁の眼鏡をかけた男が仰向けになって寝ているんです。
その瞬間僕はそれが死体だと思ったんです。
人間の死体が海に沈んでいると思ったので、早く戻らなければと思い急ぎUターンして泳ぎ始めたんです。

半分くらいまで戻ったところでしょうか。
少し疲れたので顔を上げて泳ぎを休めていると、すぐ隣の海面に、水面から三十センチくらいのところにその黒縁の男の顔があったんです。
その瞬間、僕はどうなったのか分からないんですが溺れてしまったんです。

僕が溺れているのをたまたま見ていた兄貴の友人がすぐに助けに来てくれて「どうしたんだ?」と言って兄貴のところに連れて行ってくれました。
兄貴は「お前泳ぎ得意なのにどうして溺れたんだよ、どうしたんだよ」と言ったんだけども、僕は何も分からない状態でただ泣きじゃくるだけでした。
僕はパニックになっていたのでその当時の記憶は定かではないんですが、兄貴が言うには僕はどうにかこうにか当時の事情を話したそうです。

兄貴はもちろん何をこいつは言っているんだと思ったそうですが、あまりに僕が動転しているので
「もう今日は早く帰ってさ、また別の日に来ようや」
兄貴の友人にも話して、帰ることにしたんです。

帰ろうと言ってももう一度海に浸かっているので、海の家で一度体を流してから帰ろうと。
海の家に行ってシャワールームの隣にちゃんとした鏡ではないんですが、アクリル板にメッキをしたようなぼやけて写るような鏡が置いてあったんです。
シャワーをあびるんですが、そのアクリル板がどうにも気になるんです。
アクリル板を気にしながらシャワーを浴びていると、そのアクリル板の隅の端に、またその黒メガネの男が居たんです。

黒メガネをかけた戦後間もない七三に髪を分けた男の人という感じなんです。
そこでまた僕は驚いて、泣き出しながら飛び出しました。
兄貴にまた事情を話しましたが、兄貴はそういった怖いという先入観があってだからそういうのが付いて回ってしまうんだろうと。
そしてそのまま兄貴に連れられて家に帰りました。

ところがその黒縁メガネをかけた男の出現はそれだけでは終わらなかったんです。
その後何度か夢にも出てきました。
その夢というのは僕が必ず死んでしまう夢なんです。
死ぬ夢というのはこれまでに何度か見たことはありましたが、その夢に必ず男が出てくるんです。

ある時は僕が崖から飛び降りて死ぬ夢。
男は崖の中腹に居て笑っているんです。
ある時は死んでしまって火葬場で焼かれる夢。
僕が仰向けに寝ていて、足から燃えていくのですが、その火葬場の部屋の中に何十、何百という顔があって、その中の一つの顔がその黒縁の男の顔なんです。

そして最後の最後に決定的なことが起こりました。
僕は家の離れに二つ上の姉貴と住んでいたんです。
姉貴は六畳間の部屋。
ふすまを挟んで僕は四畳半の部屋。
部屋に寝ていたんです。

ある日ラジオを付けながら遅くまで起きていると、蛍光灯がチカチカと光り消えたんです。
(あれ、なんだろう? 停電ではないよな。 ラジオは聴こえているし)

隣のお姉ちゃんに聞いてみようと

「ちょっとお姉ちゃん、お姉ちゃん。
 怖いことがあったから起きて」

と姉貴のところに行って肩を揺すったんです。
そうしたら肩を揺すったお姉ちゃんが寝ぼけた感じでこちらを向いたんです。
その振り向いた顔が黒縁眼鏡の男だったんです。

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