赤いヤッケの男 - 安曇潤平

うちは親父もお袋も山岳部出身なんですね。
そういう風なこともあって、家族全員山が好きで、山しかないような家族なんです。
今から話す話はうちの親父から聴いた話です。
親父が現役の時の話ですから、もう四十年以上前の話です。

親父と谷口さんという男がある冬に山登りに行こうという話になったんですけど、
親父が急に予定が出来てしまい、日程を延期しようという話になったんですが、谷口さんは先に一人で行ってしまったんですね。
気の強い男の人だったので、どうしても行きたかったんでしょうね。

谷口さんは一人で行ったんですが、後三十メートルで山頂というあたりで猛吹雪にあってしまって、後ちょっとのところでしたが諦めたんですね。
それで山には肩というのがあるんです。
肩と言って山頂から平になった部分があるんですね。
そこには避難小屋があって、谷口さんはそこに居て、バーナーでお湯を沸かして暖を取っていたんです。

そしたらザッザ、ザッザ、ザッザ、ザッザと、外から足音が聞こえてきた。
それでしばらくしたら、ドーンと何かがドアにのしかかる音がした。
初めは怖かったんですけど、谷口さんはそのドアを開けたんですね。
そしたら赤いヤッケ、昔で言うところの赤い雨具ですね、それを羽織った男がドアの前で倒れていたんです。

別に怖いものでもなんでもなく、遭難者だったんですよ。
谷口さんは慌ててその男を中に入れて雪を払ってあげたんですが、その方はもう亡くなっていたんですね。
要するに避難小屋まで辿り着いてこと切れてしまったわけなんです。
谷口さんは仕方ないからその赤いヤッケの男を避難小屋の端に寝かせて、一晩まんじりとその男と過ごしたんですね。

翌朝谷口さんは遭難者が出たことを麓の人に伝えないといけないので、急いで山を下っていったんです。
大体7時間くらいあれば麓に着くだろうという予想だったんですが、途中でまたものすごく吹雪いてしまった。
流石にこれ以上下ったら自分も遭難してしまうかもしれないと思い、
雪蔵という、簡単なカマクラのような、自分一人が入れるような穴を掘ってその中に避難したんです。
そしてそこでまた一晩うつらうつらと寝たわけです。

翌朝目を覚ましたら、まだ外は吹雪いている。
でもこれは下らないとどうしようもないなと思ったんですが、自分の肩になんだか重みを感じるんですね。
ん?と思って見てみると、赤いヤッケの男が自分の肩のところにのしかかっているんです。
その男は昨日自分が避難小屋の端に寝かせてきたはずなのに、自分の横に居るんです。

谷口さんは半狂乱になってしまって遮二無二下っていった。
そしたら霧が途中で晴れてきて、下の方に見慣れた山麓があり、人が立っているのが点々と見えたんです。
それを見たら谷口さんは安心して気を失ってしまったんです。
次に気がついた時には担架に乗せられていて、救急車に乗せられるところだったんですが、
(あぁ助かった、早く男のことを言わなきゃ)と思ったら、担架を担いでくれていた数人の男のうちの一人が

「いやー、あんたは本当にえらいね」

谷口さんは何のことを言っているのかなと思った。
そうするとその人がこう続けるんです。

「硬直の具合から言って今日昨日亡くなったんじゃないと思うけど、あんたは見捨てなかったんだね」

「えっ、それってどういうことですか」

「何言ってんだよ、赤いヤッケの男のことだよ」

谷口さんは実はその赤いヤッケの男のことを背負って下りていたんです。

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