東村山の宿 - 円広志

東京に東村山というところがあるじゃないですか。
作曲の仕事で東京へ行って、ひょんな流れでその東村山に十日間くらい泊まって仕事をするということになったんです。
旅館が並んで建っているところがあって、飛び込みですから、順番に一軒一軒聞いて回ったんです。
とにかく何処も満室で、全然入れなかったんです。
それが端っこにある、ある旅館だけが誰も泊まっていないんです。
何故か一人も泊まっていないんです。
他はすべて満室なのに、何故かそこだけ一人も泊まっていないんですよ。

でも僕は作曲の仕事ですから、ある意味仕事的には誰もいないっていうのはいいじゃないですか。
だから「十日泊めてください、おいくらですか」と聞くと、
素泊まりで食事はないんですが、一泊1,700円と言うんです。
自分は関西人ですから、あ、これはラッキーだと思って「じゃあ十日間泊めてください」と。
そのまま宿を契約して二階に上がったんです。

そうすると大広間があってそこの周りを囲むように個室の部屋がズラッとあるんですよ。
前は八十畳から百畳はありそうな大広間ですよ。
そこには舞台なんかもあったりしてね。
そして部屋に入って襖を閉めて、テープレコーダーとギターと譜面を出して曲を作り始めたんです。

そしたら夜の九時ぐらいになって誰もお客さんが泊まっていなくて、宿の主人たちも家が近所だからと帰ってしまった。
そして誰もいないはずなのに、その大広間をシャカシャカ、タカタカタカタカ大勢の人が走り回っているような、歩きまわっているようなそんな音がするんですよ。
でも襖を開けてみても真っ暗で誰もいないの。
あれって思いながらもまた襖を閉めてギターを掻き鳴らして一段落すると、とにかく人が歩いている音がするわけ。
一人ですし、これはあまりにもおかしいなと思って、僕も怖いなと思って窓を開けてみたら、二階に上がったはずなのに、前がお墓だらけなんですよ。
二階の窓を開けたらあたり一面お墓なんですよ。
つまり裏側は高台になっていて、あたり一面が墓地だったんです。

もう恐ろしくなってそこから急いで荷物をまとめて、急いで外に出ようとしたんですけど
襖を開けて下に降りるまでがとにかく怖かったですね。
もうとにかく荷物を一回で運ばないといけない。
また戻るのは嫌だったですね。

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