田舎 中編(未投下) - 師匠シリーズ

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2011年7月2日 00:21

俺はなにか予感のようなものに襲われて、自分の前に置かれた湯飲みを掴んだ。
冷たかった。
思わず手を離す。
出された時は確かに湯気が出ていた。間違いない。
あれからほんのわずかしか時間は経っていないというのに。一瞬のうちに熱を奪われたかのように、湯飲みの中のお茶は冷えきっていた。
まるで汲み上げたばかりの井戸水のように。


ここまでが、投下済みのもの。
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ここからが、未投下分です。

(2行ほどあけて)

「あれは地震じゃないな。家が揺れたんだよ」
先生の家を半ば追い出されて、庭先にとめていた車に乗り込む。
「犬神という言葉に明らかに反応していた」
こいつは、なんとしても探し出さないとな。
師匠はエンジンをかけながらそう言う。
しかし京介さんのきっぱりした声が、それを遮った。
「待った。探し出してどうするつもりだ」
一連の出来事は普通じゃない。ありえないようなことが立て続けに起きている。へたに首を突っ込みすぎると、危険だ。
師匠は目の前に並べられるそんな言葉に薄ら笑いを浮かべて、「怖いんだ」と煽るようなことを言う。
京介さんは刺すような視線を向けると、「そうだよ」と言った。
コンコン。
車の窓をバイクにまたがったままユキオが叩き、ウインドをおろすと「さっきはすまざった。
先生、今日は機嫌が悪かったみたいじゃき。でもこのあとどうする? ゆかりの史跡とかやったら案内するけんど」と首を突き出した。
少し考えてから、京介さんは「それと、他にいざなぎ流に詳しい人がいたら紹介してほしい」と言った。
「ああ、ヨシさんやったらたぶん家におるき、いってみようか」
俺は思わず師匠を見たが、思案気な顔をしたあと「一人で戻ってるよ」と言う。
バイク貸してくれる?
とユキオに声をかけながら運転席から降りた。
なにも言わず、京介さんが入れ替わりに運転席に座る。助手席に乗り込みながら、
ユキオが「あの家にとめといてくれたらいいスから」となぜか申し訳なさそうに言った。
「僕がいないほうが、話を聞けそうだしな」
じゃ、部屋で寝てるから。
師匠はそう言って手を振った。
その時、ズシンという軽い振動がお尻のあたりに響いた。
思わず周囲を見回す。
師匠が音のしたらしい山の上のあたりを睨むように見上げている。ユキオは今思い出したという表情でぼそりと言った。
「そういえば、先週から発破やってるなぁ」
それを聞いて京介さんが、ニヤっと笑いながら言う。
「たしかに地震じゃないな」
師匠は口を歪めて、なにも言わずにバイクにまたがった。

それから俺たちは太夫をしているヨシさんというおじいさんの家にお邪魔して、いざなぎ流のあれこれを聞いた。
ヨシさんは愛想のよい人で、ユキオの先生とはえらい違いだったが肝心な部分の説明ではするりと焦点をぼかすようにかわし、
結局その好々爺然とした姿勢を崩さないままに、俺たちの知識になに一つ価値のあるものを加えてはくれないのだった。
「……それで、神職の太夫さんと吾が流の太夫を区別するときゃあ、ハカショ(博士)というがよ」
そこまで語ったところで家の電話が鳴り、ヨシさんは中座をするとしばらくしてから戻って来て、これから出掛ける旨を俺たちに伝えた。
「ありがとうございました」
とりあえずそう言って辞去したものの、不快というほどでもないがいずれ肌触りの悪い場の空気に、
自分たちは余所者なのだということをまた思い知らされただけだった。
それを感じているユキオもまた、ますます申し訳なさそうな表情になり、
そのあと案内してもらったいざなぎ流ゆかりの地所でもたいして得られるものはなかった。
なんだかどっと疲れが出て、俺たちはとりあえず家に帰ることにした。
くねくねと山道をのぼり、ようやくたどり着いて車から降りるとユキオは庭先にとまっていた自分のバイクにまたがり、
「仕事、少し残っちゅうき」とやはり申し訳なさそうに去っていた。
家に入ると「おそうめん食べんかね」と叔母にすすめられ、「氷乗っけて」という俺の注文の通りキンキンに冷えたそうめんがすぐにちゃぶ台に並べられた。
師匠を呼ぼうとして部屋を覗いたが、扇風機の首を振らないようにした状態でまともに風を浴びながらそれでも寝苦しそうに掛け布団を抱きしめて眠っていた。


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ここで筆をへし折っています。2007年の夏のことです。
師匠が布団を抱きしめて眠り続けて、はや四年・・・
まだしばらく寝続けることになるかも知れません。

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