幽霊と寝た夜

30代の前半から後半にかけて、あるワイドショーの番組を私やってました。
健康ものの番組なんですが、季節は丁度夏でしたからウナギの養殖場を取材に行った。
そこは浜松では無かったんですが、ウナギの養殖で有名なところにロケに向かったんです。

ロケに行きましたら、嵐ですごい風だったんです。
それでウナギって見ると普通は美味そうだなと思うんですが、
ウナギの養殖池を上から見ると水があるように思ったんですが、中に入ると実はすべてウナギなんですよね。
ウナギ同士がバタバタとぶつかっている。
それで餌を投げるとみんな餌に群がってくるんですが、その時の状況は怖かった。
たくさんのウナギが一つの餌を巡って争うように食べるんですよ。

(うわ、ウナギってすごいもんだな)
何だかショックを受けました。

撮影自体は風が強いんでマイクに風の音が入っちゃったりして大変だったんですが、なんとか撮り終わって一息つこうという話になったんです。
そこは海に近かったんで、スタッフの一人が「じゃあ海の家に行って一息入れましょうよ」と言い、海の家に行くことになったんです。

行ってみると小さな海岸なんですが、景色が良くてすごく良いところだったんですよ。

(へぇ、こんなきれいなところがあるんだな)

砂浜がずっと長く続いているんですが、頑丈そうな鉄筋で出来た海の家が四つありまして、
砂浜にはパラソルがいくつも立っていて、皆そこで気持ちよさそうに寝そべっているんです。
それで私は皆にビールを買ってきて、「飲むかい?」と聞いて皆でビールを飲んでいた。

海の水平線を眺めていたんですが、そこが白くラインを引いたようになっていたんです。
あれ?と思った。

そのラインがこっちに近づいてくる。

不思議な景色があるなと思っていたんですが、高波なんですよね。
私、そんな景色初めてみました。
サーっと高波がこちらにやってくるんですよね。
普通だったら高波も波打ち際で戻っていくんですが、戻らない。
一気に高波が押し寄せてくるから、みんなパラソルや荷物を持って逃げ惑っている。
とうとう今まで立っていた場所から20cmくらいの場所が水際になっちゃったんですよね。
これは珍しいねってディレクターと喋っていたんです。

「今日はおかしい日だね、嵐もあるしさ。
 こんなこともあるんだね。
 ところでこの後どうする?」

結局宿に行くことになったんですが、宿は近くだったんで、皆で気楽な感じで歩いて向かった。
そうすると、笛や太鼓の音がしているんです。
祭りばやしの音が聴こえるんです。
それで行ってみると、山車をたくさんの子供が引っ張っているんですよ。
みんな綺麗に着物で着飾っているんですよね。
面白いのが、「××村○○の△子ちゃーん!」と言うと、山車の後ろが回り舞台になっていて、そこから子供が出てきて踊るんですよ。
これが妙なんですよね。

人形が踊るように見えるんです。

これは皆で奇祭だねと話していたんです。
これは面白いから撮っておこうかという話になりながら歩いていった。

そうこうしているうちに、宿に着いた。
長い昔風の土塀が付いた建物だった。
こんな田舎に何でこんな立派な土塀があるんだというくらいの立派なもので、その中に茅葺きの大きな建物がある。

入って行くと、おじいちゃんが居ましてね
「あー、どうぞこちらへどうぞどうぞ」と案内されたんですが、
中に入ると庭が素晴らしい。
築山があって、杉があって、鯉が泳いでいたりして、それはもう本当に素晴らしいんですよ。

ふっと見ると、木の向こうに大きな建物があるんですよ。
でもこの大きな建物がこの小さな村に不似合いなくらいの立派な建物で、すごい歴史のある大きな仁王門か、神社仏閣の世界なんですよね。
そして透かし彫りの浮き彫りがしてあるんですよ。

ニ階建ての建物だったんですが、凄く大きいんですよ。
一階はというと二手に建物が分かれていて、真ん中は丸い関門のようにトンネル状に開いているんですよ。
その関門の下を水が流れていて、池に流れ込んでいるんですよ。

「すごい建物だね、これは国宝級じゃないかい?歴史から言っても百年二百年の代物じゃないよ」
そんな話をしていたら案内の人が「ここです」と言うんです。
その立派な建物が今晩泊まる場所だったんです。

「いいんですか、こんな建物使っちゃって?」
「いや、ここでは皆この建物を使ってますから」

爺さんに付いて二階に上がって、テーブルに座って皆で話をしていたんですよ。
そうこうするうちに雨が降ってきた。
全部戸を開けっ放しにしていたんで、庭の向こうからザーッというまるでドラマのような雨の音が聴こえてくるんです。
稲光が光るとあたりの景色が紫色に見えて本当にドラマのようなんですよ。

お爺さんが上がってきたんで「他にお客さんは?」と聞くと、「あなた達だけです」と言う。
それでお爺さんにお酒を頼んで皆で盛り上がっていたんです。
そしたらまたお爺さんがやってきて
「大変失礼しますが、私はもうこれで引き上げますので、どうか火の元に起きをつけ下さい。
 稲川さんには離れの方に部屋を用意しているのでそちらをお使い下さい。
 後は三人用と一人用の部屋がございますので」

私達のメンバーはというと、私、ディレクター、カメラマンさん、照明さん、音声さんの5人だったんですよね。
私何気なく聞いたんですよ。

「あの茅葺屋根の方にお泊りになっているんですよね」
「いえいえ、違います。私は少し離れたところに家がありますから」

その大きな屋敷の中に、我々たった5人なんですよね。
大広間がそのまま使えるわけなんですよ。
他に人が居ないわけだから、どんちゃか騒ぎながら酒を飲んでいたんだ。
相変わらず外は雨が降っている。
そうこうしているとカメラマンさんが「先に寝ていいかな」と言うんで、
私達まだまだうるさいと思ったんで「あぁ、それなら私の離れを使ったらどうだい」と言ったんです。
それでカメラマンさんが先に寝に行ってしまった。

4人残ってまだまだ飲んでいた。
私も皆も浴衣に着替えて飲んでいたんだ。
そのうちに私廊下に出て、両側が開けっ放しになっている廊下の景色を眺めていた。
辺りは雨が降っている。
夏でとても気持ちがいい状況なんだ。

階段を降りながら歩いて行くと別棟があり、階段を折り返しながら更に降りていくと、
丁度その建物の1階に出るんですが、これが不思議なんですよね。
ようするに、2つある建物の前には廊下があるんですが、この建物と建物は屋根で繋がってはいるんだけども
その間に橋がかかっているんですよ。
すごいところだなぁと思った。
で、向こう側に渡ってみると廊下があるんですが、途中が漆喰になっていて向こうにはいけないようになっているんだ。
戻ってきて襖を覗いたんです。

うっすらと光が入って中が見えるんですが、中はガランとしている。
顔を突っ込んだら、向こうの方にまた襖があって布団が敷いてあるのが見えたんです。

(3人用の部屋ってここのことかなぁ)

2階に戻るのが面倒くさかったんで、そのまま襖を閉めてトットトットと中に入っていった。
少し開いていた襖を開けると、既に中には一人寝ているんですよ。
布団は3つ敷いてあるんですが、手前の1つに既に1人寝ているんです。

(あ、もう寝てるんだ・・・電気つけるわけにはいかないな)

それで私、寝ている人から一つ開けて、端の方の布団で寝たんですよね。
その場所は障子とガラス戸がグルっと囲っていて、その向こうに結構なスペースがあるんです。
何だか眠いんだけども眠れないような感じで、何気なくまた戸を開けてみた。
覗いてみると、結構なスペースがあるんですがその後ろ側が漆喰で固めてあるんです。
ようするに、繋がった床を途中で漆喰で塞いで行けなくしているんです。

(何でこんなことわざわざしちゃったんだろう・・・)と思ったんだけども
気にしてもしょうがないんでそのまま閉めて寝ちゃった。

どのくらい時間が経ったか分かりませんが、フッと目が開いたんです。
目が開いたというより、「目を開かされた」と言った方が正しいかもしれません。
一つ開けて寝ているこの人がすごいんだ。
いびきじゃないんです。
喉の奥から息が漏れるような、

ヒィーーーーーーーー

ヒィーーーーーーーー

苦しそうな音が聴こえる。

(苦しそうだな・・・)

その時のメンバーのうち、照明さんがお歳だったんですよね。
私は初めて会う方だったんです。
だから私、照明さんだと思ってた。

(飲み過ぎちゃったのかな・・・お歳だし、気の毒に)

見ると布団を顎の上までしっかりかけているんです。
口が見えて白い歯が見えるんですが、顔は真っ黒なんです。
暗いですからシルエットのような状態で、顔は見えない。
でも黒いシルエットが

ヒィーーーーーーーー

と言っている。
気の毒にと思いながらも、正面の壁を見ていた。
常夜灯がついていますし、外で時たま稲光が光るんで、たまに光が入る。
その瞬間、障子を通して外の景色が中に映り込むんです。

見ているとどうやら女の人なんですよね。
昔の髪型をした女の人。
着物のような雰囲気がするんですが、そのシルエットが何やら動いている。
見ているとどうやら穴を掘ってるようにしか見えないんですよね。
こっちも相当酔っているんで

(あらあら、あの人穴掘ってるよ。こんな雨の中大変だなぁ・・・。何であの人穴掘ってるんだろう?)

相変わらず壁には時たま差し込む稲光の光でその姿が映り込む。
それを見るとやっぱり女の人が穴を掘っている。
でもそのうち私、酔っ払っていたんで寝ちゃったんです。

どのくらい経ったか分からないけども、また目が開いた。
えらく部屋の中が寒いんです。
相変わらず隣では

ヒィーーーーーーーー

苦しそうな声が聴こえる。
この声を聴くと寝れないんですよね。
そしてまた外の光が差し込むと影が映り込む。
昔の髪型をした和服を着た女性が動いている。

(おいおい・・・まだあの人穴掘ってるのか・・・大変だなぁ)

これは私が勝手にそう思ってるだけなんですが、穴を掘ってるように見える。
そうこうしているうちに私、本当に眠り込んでしまった。
次に目を開けた時は外はもう明るかった。
起きようと思い、二階に置いてある荷物を取りに行こうと起き上がった。
私が寝ていて、布団を挟んで昨日人が寝ていた場所がある。
照明さんが寝ていた場所。
でも何だか、布団がすごくきれいなんですよね。
私の隣もその向こうも人が寝た気配がない。

(さすが・・・年配の方は自分が寝た場所を綺麗にしていくなぁ)

さほど気にしないで昨日来た場所へ行ってみて、景色を眺めてみると綺麗なんですよね。
築山があり、杉があり、いいなぁと思いながら景色を眺めつつ階段を上り、また折り返し、
階段を更に上り、二階の廊下を景色を見ながら歩いて行き閉まっている障子を開けた。
すると反対側の障子も同じタイミングで開いたんで見てみると、カメラマンさんが立っている。

「あ、淳ちゃんおはよう」
「おはよう」
「いやー、気持ちいいよ。
 俺、朝に散歩していたんだけどさ、ここ面白いね。
 庭の先に離れがあってさ、多分ここ、お忍びで偉い人が使ってるんだろうね」
「ここ最高だよね」

そんな話をしながら部屋を見ると、浴衣のまま3人が寝ている。
昨日の宴会のままなんです。
おかしいと思った。
3人ここで寝ているってどういうことだろうと思った。
というのも、ここに泊まっているのは私を含めて5人だけ。
ここで3人が寝ている。
カメラマンさんは離れの私の部屋を使ってもらった。
そうしていると3人が起きてきた。

「いやー、参ったよ。
 昨日は戸を閉めて寝たんだけど、暑くてさぁ」

夏の盛りなんで、暑いはずなんですよね。
寒かったのは私だけだったんです。

(私の横で寝ていたあの人は誰だったんだろう・・・)

管理しているお爺さんが来た。

「下のあの部屋、面白いですね。
 廊下歩いて行くと途中で漆喰で固めてあって、部屋に入って、スペースがあって、
 そこもまた漆喰で固めてありますよね」
「あれね、私も不思議に思っていたんだ。
 この建物は相当古いし、私もずっと見ているわけじゃないんだけども」
「あれ何ですかね」
「これ聞いた話で、はっきりは分かんないんだけども、
 その昔に病か何かで倒れた人が居て、あそこの部屋を使ったらしいんだけども
 多分、当時の流行病、伝染病か何かにかかって隔離されたんじゃないかなと思うんですよ」
「そうなんですか、それで、その方のお墓ってあるんですか?」
「いや、多分この広い敷地のどこかに埋まっているんじゃないかな」

多分そうなんですよね、私間違って幽霊と寝てしまったんですよね。

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