誰かがのぞいてる・・・

私の後輩にあたる若手のデザイナーなんですが、この彼が学生時代に体験した話しなんです。

彼の友達が引っ越しをして、引越し先に遊びに行くって事で、友達から家までの地図を貰ったんです。
友達の引越し先っていうのは、東京の西大久保って場所なんですが、いろんな建物が密集している場所でね。

地図を見ながら、こみいった道を行くと、友達の家が見えてきた。
古いモルタル造りのアパートなんですよ。建物の色は、くすんだような黄色。
多分昔はもっと鮮やかな黄色をしていたんでしょうが、年数が経って、くすんでしまったんでしょうね。

アパートの前まで行ってみると、小さな看板に『みどり荘』って書いてある。ここで間違いない。
それで、玄関を開けてみた。すると、なんだか不思議な感じがするんですね。
というのも、アパートなのに靴もなければ下駄もないんです。
普通なら、花が活けてあるとか、新聞が置いてあると、カレンダーが貼ってあるとか、何かしらあるんですが、
そういった生活の気配というものがまるでない。

少し気にはなったんですが、まあ友達の部屋まで行ってみようと思ってね。
この建物はニ階建てなんですが、友達は一階の部屋だっていうんで、靴を脱いであがっていった。

近くの部屋を何気なくのぞくと、どうやら空き室になっているんですね。
あれ?誰も住んでないんだな…と思いながら、次の部屋をのぞいてみると、その部屋もやっぱり空き室らしい。

なんだよ、このアパート誰も住んでないのかよ。だから玄関に靴がなかったんだなあ…と思いながら歩いて行くと、
その隣の部屋も空き室らしい。三部屋並んで空き室らしい。

不思議だなあと思いながら、四つめの部屋に行くと、小さくドアに友達の名前が書いてある。
ドアをノックすると、友達の声がしたから中に入った。

入ってすぐに流しがあって、板の間があって、その奥に六畳間位の部屋がある。
窓際にある机に向かって、友達が一生懸命に課題をやっている。
昼間だというのに、電気をつけているんですよ。部屋がなぜだか暗い。

見ると、友達が課題をしているその横に窓があって、二枚ガラスがはまってるんですね。
和室ですから、畳から30~40センチ位のところですかね。そこに窓があるんですよ。
で、そのガラス窓の一枚に、目一杯大きなポスターが貼ってある。

「おい、お前この部屋ちょっと暗くないか?」
友達「あー、ちょっとなあ」

「おまえそれ、窓のとこにポスターなんか貼ってるから暗いんだよ。なんでそんなとこ貼ってるんだよ。
ポスターなんて普通は、ドアの後ろに貼るとか、壁に貼るとかするもんだろうがよ。」
友達「うん、まあなあ…」

「じゃあ、そうすればいいだろうがよ。」
友達「うーん、いや、そうじゃないんだよ…いやさ、この部屋のぞかれるんだよ。」

「え?のぞかれるって何でだよ?」
友達「いや、わかんねーけど」

「前に女の人でも住んでたのかな?」

友達「うーん…いやさ、越してまもなくだったんだけどさ、机を窓のほうに向けてたんだよ。
そこで夜に課題をやってたんだよな。そしたらなんだか寒くなってきてさ。窓もカタカタカタカタなるんだよ。
それで机の下のヒーターをつけてさ。ヒーターの赤外線で辺りが赤く明るくなったよ。
部屋も明るくなって暖かくなって、疲れてたし眠くなったから畳に横になったんだ。
そしたらほら、台所のほうにガラスのついた戸棚があるだろ?」

見ると、向こうに組み立てて作ってある、ガラスのついた戸棚がある。

友達「それでさ、俺は机のほうを枕にして寝てたんだよ。机の下の暗いところ、
そこに向こうの窓ガラスが少しうつるんだけど、そこに俺の顔が写ってる。
でも、おかしいんだよ。俺はさ、ゴロゴロ動いてるんだけど、そこに写る顔は動かないんだ。
気になって、わざと動いてみると、写ってる顔とは別に俺のアングルが動いてるんだよ。俺の顔の向こうにもう一つ顔があるんだよ。
その顔が、ジーっとこっちを見てるんだよ。びっくりしてさ、慌てて明かりになるヒーター切っちゃったよ。
で、俺しばらくしてまた部屋で課題をやってたんだよ。その時はそんな事すっかり忘れててさ。
そしたらまた寒くなってきてさ、窓もカタカタカタカタなるし、どっかに隙間でもあるのかな?って思いながら、
机の下に潜ってヒーターのスイッチを入れたんだ。
ヒーターの明かりで周りが明るくなってさ。それで俺、何気なく前を見たら、居るんだよ。
ガラスにもう一つ顔があるんだよ。真っ白い顔でさ。
男の輪郭をしていて、口のあたりが真っ赤に染まってるんだよ。
俺もうびっくりしちゃってさ…それでもう嫌だからポスター貼ってるんだよ。」

「でもさ、お前そっちにポスター貼ったら、もう1つの窓ガラスからのぞかれるだろ?」
友達「いや、そっちからはのぞかないんだよ。だから、ポスター貼って、机の向きも変えちゃった。」

「それからはどうなんだよ?」
友達「それからはわかんない。でもたまに窓がカタカタカタカタなるんだ。ポスター貼っててみえないけど、ヤツは来てるんじゃないかな…」

「窓の外はどうなってんだ?道でもあるのか?」
友達「いや、道じゃないんだよ。窓の外はアパートとアパートの隙間なんだよ。裏路地でもない袋小路だよ。」

そんな話しをして、その日は友達と遊んで彼は帰ったんだ。

それからどれくらいか日が経って、その彼から、私の後輩のところへ電話がきた。

友達「おい、勘弁してくれよ…俺まいっちゃったよ…」
「なんだよおい…どうしたんだよ?何があったんだよ?」

友達「今からおまえの所へ行くからさ。頼むよ。」
「なんなんだよ…なんだよ?何があったっていうんだよ?」

友達「いや、俺、もうここにはいられないよ。
おまえにさ、部屋にいるとのぞかれるって話ししたよな?あの部屋をのぞいていたヤツ人間じゃないんだよ。
覚えているかな?二・三年前の話しなんだけど、路地で若い男が二人組の男に刺殺されたって事件があったんだよ。
刺されて男が血だらけのまま逃げてきたのが、俺の家の前の路地なんだよ。
アパートとアパートの隙間に入ってきて、一番最初の部屋を叩いたんだけど、その部屋には誰もいなかったらしいんだよな。
で、次の部屋を叩いたんだけど、その部屋も誰もいなかったらしいんだよな。三つ目の部屋を叩いたんだけど、そこも誰もいない。
最後のこの部屋に来て窓を叩いたらしいんだ…でも、そのまま力尽きて、俺の部屋の窓の前で亡くなったらしいんだ。血まみれになってさ。
俺、その話しを聞いてから見に行ったらさ、俺の部屋の前のモルタルに、わずかだけど指の跡が残ってたんだよな…
頼むから、お前のところにしばらく泊めてくれない?」

って言われたそうなんですよね。
確かに、そんな事件が昔あったんですよね。

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