大震災後の惨事


阪神淡路大震災。これはもう歴史に残る大災害ですよね。
たかだか四十何秒で、人間の平和な生活を破壊しつくしちゃったわけですから。
ものすごいですよ。その力っていうのは。
まあこの後あるかわからないですけど、人間が体験しきれないような状況が起きたわけですよね。

で、私ですが翌日大阪の局の番組に入ったんですよ。
ところがなにせ中継、中継があるわけだから、局の中がごった返してる。
どこの大阪の局もあの時期は本当に忙しかった。人手が足りないわけだ。

そんな中に若手のスタッフがいたわけですよね。
彼は気になってる。というのも、彼の実家というのは被災地にあるんですよ。
お父さんお母さんがそこに住んでいらっしゃるんだ。ところが連絡がとれない。
で、局のほうはっていうと忙しいから時間がとれない。ジレンマですよね。
仕事は忙しいけど、家族の安否も気になる。
なにせ自分の実家、自分が住んでいた場所の中継をしているわけですからね。

彼はついに我慢出来なくなって上司のところへ行ったんですよ。
「連絡がつかない。どうなっているかわからない。実は両親は被災地にいるんだ。自分が行って確かめたい」
彼はそう上司に言ったわけですよ。

そしたら上司が、
「いくらこういう世界が厳しいって言ったって、人の命が優先じゃないか。まして親だろ。
早くお前言えばいいじゃないか。よし、行ってこい!」
って言ってくれたんですよね。


「一人で大丈夫か?本当は誰か一緒につけてやりたいけど、うちも今はそういうゆとりはないんだ。」

「いや、とんでもないです!じゃあ、行かせていただきます。」
それで、彼は一人で出かけたわけだ。

途中までは交通手段があったわけだけど、途中からはないんだ。
鉄道も道路も破壊つくされちゃってるから、交通手段がないんだ。
歩くしかないんですよ。で、彼は荷物をしょって歩いたわけだ。
連日の徹夜の後だから体は疲れてる。でも、それ以上に親の安否が気になる。

でも歩くって言ったって、高速道路は壊れてる。建物は崩れてる。
空はっていうと、黒いような煙にまかれてる。くさい臭いがしてくるわけだ。
行けば行くほどにすさまじい惨状が見えてくる。心配でしょうがない。

歩くって言ったって普通の道を歩くわけじゃないですからね。まして疲れてますしね。
足はだんだんだんだん重くなっていく。体は疲れてくる。
でも少しずつ少しずつ実家のほうに近づいてきた。あともう少し、あともう少し…
心配がある。そして生きていてほしいという気持ちがある。

人がいると、「どこどこの何丁目なんですけど、どういう状況かわかりませんか?」と尋ねるんだけど、
誰もわからない。

たずねながら歩いて、実家に近づいていくんだけど、いっこうに辿り着かない。
少しずつ少しずつ進んでいく。そうこうしているうちに日が傾いてきて、とうとう夜になっちゃった。
一生懸命歩くけれど、体がもう動かない。疲れきってる。
そうこうしているうちに中学校が見つかった。もう今日はここで休もうかな…と思ってると、そこにはマスコミの人間がいっぱい来てる。

で、教室には明かりがついていて、被災者の方がそこに避難してきてるんだな。
ぼんやりとしている人もいれば、忙しく動いている人もいる。

そこでも「どこどこの何丁目なんですけど、どういう状況かわかりませんか?近くの方いませんか?」と尋ねるんだけど、わからない。
ダメだ…もう体は疲れているし、明日にしよう。でも休もうとするんだけど、電気はついて明るいし、人は動きまわってる。
とてもじゃないけど寝れる状況じゃないんで、どっか寝れる場所はないかと教室を出た。
校庭をつっきて歩いていると、向こうに大きな建物が見えた。講堂なんですよね。

あそこならいいかもしれない。彼は歩いて行った。重い扉を開けてみる。
中を見ると、中は静まり返っていて、もうたくさんの人が寝ているわけですよ。

ああ、ここならよさそうだな…ああ、疲れた。ちょっと隙間を見つけてそこに寝よう…
で、適当に隙間を見つけて横になったんですよ。
さすがに疲れてる。彼はそのまま眠っちゃったんですよ。

どれくらいたったかわからないけど、彼は目があいたって言うんですよ。
あたりはシーンとして、あたりは暗い。なんか変なんですよ。何かおかしい。
変だなあとは思うんだけど、それが何かはわからない。
そうこうするうちに、また彼は寝ちゃった。

またふっと目があいた。何かおかしい。何かが変なんだ。でも、それは何なんだろう…
それで気がついた。これほどたくさんの人が寝ているわけだ。
でも何もない。寝息もなければ、いびきもない。みんながシーンと押し黙ってる。

それで、隣の人を見ると、隣の人は頭っからシートをかぶってるんだ。
反対を見ても、その人も頭っからシートをかぶっているわけだ。

起き上がって、あたりを見渡してみると、そこにいる人はみんな頭っからシートをかぶっているんだ。
ピクリとも動かない。

講堂、そこは亡くなった方を安置する場所だったんですね。
「稲川さん…わたし、遺体の並んでいる中で寝ていたんですよね…」
って彼は言ってました。

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