207号室の患者


病院の病室ってなんだか空気が重いですよね?
そりゃそうですよね?健康な方がいらっしゃる訳じゃないですから。

わたしは平成元年に親父を亡くしたんですが、亡くなるまで入院してましたからよくお見舞いへ行ったんです。

病院へ行くと病院のベットに親父がいて、他の患者さんも周りにいらっしゃって。
長いこと入院しているからお互いに仲良くなるんですよね、色んな話をして。
見舞いに行くと結構親しくなるんですよ。

ところがその方達の顔色が日を追って悪くなっていくのが分かる。
ある日親父を訪ねて行った時に、ベットが空になっているんですよ。
その方は亡くなったんですね。

親父はいつも居るはずの顔がないわけですから、寂しそうにしていました。
やはり天井を見て死というものを考えちゃいますよね。
一体何人の方がこの天井を見つめて死んでいったんだろう..そう思うと何とも複雑な気持ちになりましてね..。

このお話っていうのは、茨城県の総合病院で婦長さんをしていらっしゃる方のお話なんです。
今は50歳を過ぎた方なんですが、この方が新人の頃のお話です。

この方がまだ実務経験のない新人の頃なんですが、とある地方の総合病院に勤めることになった。
まぁ若いですからまだ病院に慣れていないですよね。
それでその日が初めての夜勤だった。

先輩のナースさん達は引き継ぎの事なんかを話すと、仮眠室に行っちゃって、夜中に自分一人。
各病室を見て回って、夜警が終わるとナースセンターに戻って、椅子に座って書類を作るんですが、これも結構大変な仕事なんですよね。
若いですし初めての事ですから緊張もしています..それで知らぬ間にうつらうつら..としてしまったんです。

いけないっと思って目を開けると、チカッチカッとナースコールが点滅しているんですね。
見れば207号室なんですね。

(あ、なんだろう?見に行かないと..)と思って、懐中電灯を思って廊下を歩いて行った。
廊下を歩いて行って階段を上がって少し行くと207号室があるんですね。

その患者さんとは会ったことは無いんですが、名札を見るとそこには藤沢靖子って書いてあったそうです。
ドアを開けて中を見ると、中は真っ暗。
ベットが3つあって真ん中のベットに人が寝ているような様子がある。
どうやら毛布をかぶって向こうを向いているようなんですね。

こちらに背中を向けているようなので、
「藤沢さん、藤沢さんどうなさいました?」と声をかけると、その影がむくっと起き上がった。
そして「お願いだから部屋替えてくれない?お願いだから、ここ怖いから。」って言うんだそうですよ。

「藤沢さんどうしたんですか?まぁ落ち着いて下さいよ。」
「そこの窓から女が覗くのよ…女の人が覗いてこちらを見てるの。だから部屋をかえてちょうだい?あれ絶対この世のものじゃないんだから。」

「えっ!?けど藤沢さん、ここ二階ですよ?」
「私を迎えに来ているんだから、お願いだから替えてちょうだい。ここにいたら死んでしまうから、お願いだから…」

あー、神経が高ぶっているんだなと彼女は思った。病院にいたらそういうこともありますからね。
「まぁまぁ落ち着いて下さい」って言いながら、窓の所へ行って懐中電灯であたりを照らしてみた。
けれど外は真っ暗で、雑木林の枝や葉が揺れているくらい。

「藤沢さん、何もありませんよ?大丈夫ですよ。よくそういうことはありますけど、神経が高ぶっているだけですから落ち着いて下さい。」
「でも私本当に見たんだから!お願いだから替えてちょうだい!」
なおも藤沢さんは食い下がる。

でもいつまでもそうしている訳にはいかないですからね。
「何かあったらまた来ますから。もう今日は寝てください。」と言って藤沢さんを休ませて、またナースセンターへ帰って行った。

そのうちにやっぱり眠いんですよね。うつらうつら…としちゃった。
ふと見るとまたナースコールが点滅している。
見れば207号室。

(あ、まただ..)しょうがないからまた懐中電灯を持って廊下を歩いて行って階段を上がる。
そして207号室へ行って扉を開ける。

「藤沢さん、どうしました?」
見ると真っ暗な部屋の中で、藤沢さんが正座をしていたっていうんですね。

それで、ガタガタガタガタ震えながら
「ねぇお願いだから、怖いの、怖いのよ!
今ね、女が窓から入ってこようとしたの!お願いだから、お願いだからここ怖いから替えてちょうだい!
とてもじゃないけど居られないから、お願いだから。」
って言うんだそうですよ。

「まぁまぁ落ち着いて下さい。」
って言いながらしばらく世間話をしてね、藤沢さんも落ち着いてきたから
「じゃあまた何かあったら来ますから落ち着いてお休みになって下さい。」
って藤沢さんをベットに横にしてあげて、毛布をかけてあげて部屋を出てきた。

それでナースセンターへ帰ってくる。
もう夜中で疲れていますからね、やっぱり気がつくとうつらうつら…としちゃうわけですよね。
でも何かでふっと目が開いた。
見るとまたナースコールのボタンが点滅しているんですね。207号室。

(あーまただ..)と思いながらも懐中電灯を持って、暗い通路を通って、階段を登って207号室まで行った。
ふっと見ると207号室の前の廊下に、藤沢さんが立っている。
「どうしたんですかー?藤沢さん。」
「もうダメ。私怖いから部屋から逃げてきたんだけど、もうお願いだから、お願いだから助けてちょうだい。」

「藤沢さん何があったんですか?」

「私ベットに寝ていたんだけども、ふっと誰かに目を掴まれたような気がして目を覚ましたの。
よく見たら隣のベットから手が伸びて私の手を掴んでいるの。
誰だろうと思ってよく見たら、あの顔の潰れた女が私の手を掴んで引っ張ろうとするのよ。
連れて行かれたらダメだから、私必死になって逃げてきたの。
もう部屋には戻れないからお願いだから部屋替えてくれない?あの部屋にはもうあの女が居るの。入れないの。」

「藤沢さん落ち着いてください。大丈夫ですから。」
「ダメよ!入ったらダメよ。入ったらあなたも連れて行かれるから、絶対ダメよ!」
とは言ったものの見ないわけには行かないですからね。

「大丈夫ですから」と言って部屋の中を覗いてみた。
さすがに怖い。でも誰も居ない。ただ真っ暗な闇ですから気持ち悪いですよね。

それで病室の中を一人で歩いて行って、正面にある窓に近づいていってみた。
懐中電灯で辺りを照らしてみたが異常はない。さっきと全く変わらない。
ベットもそのまんま。誰かが乗ったような形跡もないし、そのまんま。

クルッと後ろを向いて、「藤沢さん大丈夫ですよ、何もないですよ。」
と、藤沢さんがドアの間からひょっと室内を見て
「あーああーーー!あなた見えないの!?あなたの後ろに彼女居るじゃない!ほら居るじゃない!」

でも振り向いてみても誰も居ないの。
「藤沢さん居ませんよ」と言ったんですけども、でもその時背中にスーッと冷えるものを感じたんですよね。

これはいけないと思ったから、時間もかれこれ夜明けに近いんで
「藤沢さんもしよければ仮眠室に来てお休みになされますか?それで明日部屋を変えてもらいましょうよ」
と言って藤沢さんと歩き始めた。

何だかんだ話しながら歩いていると、向こうは後ろからついて来るわけですよね。
患者さんですから急ぎ足は出来ない。

それで、やがてナースセンサーについて藤沢さんと話しかけると、藤沢さんが居ない。
「藤沢さん?藤沢さん?」慌ててもときた道を走って戻ってみたけども、いない。藤沢さんがいない。

病室を覗いてみたけども藤沢さんは居ない。
トイレかなと思って心配でトイレを覗いたが誰もいない。

(おかしい、何処行ったんだろう。ナースセンサーに行ったのかしら?)
と思ってナースセンターに戻ってみると、ちょうど交代をする看護婦さんが出てきたので、

「すいません207号室の患者さん、見かけませんでしたでしょうか?207号室の患者さんが居なくなっちゃったんです。」
「207号室?あそこはどなたも居ないわよ。」
「いえ、居ますよ。藤沢さんという方がいらっしゃって…」
「え、藤沢さん?」
「はい、今ずっと一緒だったんですけど急に居なくなっちゃったんで探しているんです。」
「あなた、藤沢さんにお会いになったの?」
「はい、会いました。」
「そんなはずはない。そんなはずはないわよ。」
「え?」

その瞬間に先輩の看護婦さんの顔が変わったというの。
それで先輩は、「ちょっといらっしゃい」と言って彼女のことを連れて歩き出した。
階段をしばらく行くと、地下の真っ黒な通路。先に霊安室という看板が見える。

「先輩、何なんですか?」
「いいからいらっしゃい。」

霊安室の中はひやんとしている。
向こうの方に二つベットがあってそこに線香が焚かれている。
ツーンとお線香の匂いが鼻を突く。

「あなたが言った207号室の藤沢さんって方ね、この方よ。もう昨日亡くなられているのよ。」
「え、だって私今一緒だったんですよ!」
「でも藤沢さんはこの人。」


おかしいな…と思いながらも、不安と好奇心があるものですから近づいていって、顔にかかった白い布をふっと捲ってみた。
そこには紛れも無くさっきまで自分が話をしていたあの藤沢さんが青白い顔のままで横たわっている。

「本当に昨日の晩亡くなられているんですか?」
「そう、亡くなられているのよ。昨日の晩に。」

(じゃあ私は一体誰に会ったんだろう・・・確かにお話もしていたのに…)

ふっと目をやるともう一つの方、そこにも誰かが横たわっている。
見るともなかったんですが、なんだか妙に気になって近づいていってみた。
多少怖い気はあったんですが、「先輩いいですか?」って聞いて、その人にかかっている布を掴んですっと捲った。

そこにあったのは若い、顔の潰れた女の顔だった・・・。

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