呪われた旅館


毎年、私映画を撮るんですよ。
ある旅館を使って毎回撮るんだけど、もう何回撮ってるかなぁ..

初めて私がその旅館を使った時っていうのは、いい旅館が見つからなくて、どうしようかなって思ってた時でね。
それでどうしても見つからないから、長野県の上田に住んでいる知り合いに、どこかいいとこない?って探すのを頼んだんです。

そしたら良い旅館があったんですよ。
それでうちのところのスタッフが、早速その旅館に飛んだんだ。
もうそれは、撮影を開始する三日前なんですよね。
下見は出来ないんだけど、写真を見たらとっても面白そうだし、撮れそうだからじゃあここにしようかってことで、その旅館に決まったんです。

それで夜中にスタッフ全員で現地に着いたんですよ。
その旅館は木造の三階建てなんですが、何とも不気味なんだな。
棟が三つあるんですけど全部使われていないんだ。長いこと何十年も。

女将さんが待っていてくれて、「二階も三階も全く手付かずなんですけどもよろしいですか?」って聞くんで、あぁよろしいですよってことで。
それでカメラさんから照明さんから音声さんから助監も連れて、みんなで旅館の中へ上がっていったんだ。

細い階段を上がっていくんですけど、真っ暗で先が全く見えないんだ。
ギシギシギシギシギシ..歩くたびに音がするんですよね。

その建物というのは真中に一本廊下があって、それで両側が部屋なんですよ。
長いこと使っていないから、蜘蛛の巣が揺れているんですよね。

それで制作の人間が「どうですかねこのあたり」って聞くんで、開けてみたんですよね。そしたら部屋の中も昔のまんま。
柳行李が置いてあってさ、布団が積んであるんですよ。そのまま埃をかぶって。

すごいなぁこの部屋..って思ってね。
その部屋ってのはふすまで三つ部屋が繋がっているんですけど、そのふすまを全部開けたら、一番奥の部屋に押入れがあるんですよ。
それで映画に必要なのはその押入れなんだな。
真ん中の部屋で話をしている、奥に押し入れがある。そんな状況が必要だったんですね。

じゃあこれはいいねぇ、これはいけるねぇっ、機材を入れましょうかってことでね。
機材を上げようとスタッフみんなバタバタバタバタ下に降りていったんだ。
それで私と助監が残っていたんですよね。

そしたら、話し声がするんですよ。二人しかいないのに。
えっ!?と思って助監の方を見たら、助監もえっ!?て顔をしている。
その押し入れの向こうから声がしているんですよ。

そんな訳はないんだけども、助監が 監督、人がいますよね?って言うんで
「うん居るね」ってわたしも言ったんだ。

まずいですよね..そんなの知らなかったから。
他に人がいるのに我々がバタバタやってしまって申し訳ないから。

挨拶だけ行ってこようかって話になって、部屋を出て、隣の部屋の前まで行って
「こんばんはー夜分誠に申し訳ないですけども..」って言ったんですけど返事がない。
助監も「こんばんはー夜分遅くに大変申し訳ありません」って言うんですけど返事がない。
それで彼が、部屋の戸をす~って開けちゃったんだ。

廊下に小さな灯りがあって、その灯りがスッと部屋に差し込んだんですよね。
見たら部屋の中は全部砂埃ですよ。
人なんかいないだろうってことで、ふすまをもう少し開けて中を見てみると、
そしたら真っ暗な部屋の奥、本当に部屋の奥の奥が、そこだけなんだかふわっと明るいんです。
壁と床がチラチラチラチラ明るいんですよね。
それで、なんでしょうねーって言いながら二人で入っていったんです。

ひょいっと見たら、古い床の間があって、すごい小さなテレビが置いてあって、テレビがついていたんですよ。
そしたらその助監がね、「あ、監督、テレビの音だったんですね」って言ったんですけども、そうじゃないだろうと。
一体このテレビは誰が見ていたんだろうって話なんですよ。中には誰もいなかったんだから。

でも、どうしようもないですからね。テレビを消して戻ってきたんですよ。

次の日になって押入れのシーンを撮ることになった。
真ん中の部屋でみんながやり取りをしている。
その奥にある押入れの扉が倒れるシーンを撮る。
押入れの中に扉を倒す係のスタッフが一人入っているんですけど、なかなかタイミングがあわなくて2回失敗したんですよね。

それで、押入れの中に居た彼が汗をびっしょりかいてさ、青ざめた顔をして何か言っているんですよ。
「学生がさぁ、キューくれないから、学生が学生が..」
って言ってるんですよ。

「おい何言ってるんだよ」って聞いたら、
「いや、自分の隣に居た学生が自分にキューをくれると思っていたから、キューを振ってくれなくてタイミングがずれたんですよ」
って言ったんです。

だから私が、「押入れの中にはお前しかいないよ」って言ったんですよ。
狭い押入れの中ですからね。本当は押入れの中の彼もそれは分かっているんです。

でも学生がって続けるもんだから、
「おいちょっと待てよ。私達が居る隣の部屋っていうのは電気も何もついていないんだよ。
その奥にある押入れの閉めきった押入れの中でどうやってお前は学生だって分かるんだって聞いたんですよ。」
そしたら彼は帰っちゃったねそのまま。

それで休憩入れましたよ私。
それで何気なく一階に降りて行ったら、女将さんが様子を見に来てくれたんですよ。
その旅館の持ち主なんですけども。
女将さんがどうですかって聞くんで、おかげさまで上手くいってますよって答えました。

そしたら私は何も言わないのにその人が、実はうちの旅館はとっても歴史が古くて
色んなことがありましたけども、今までに三回心中の事件があったって言うんですよ。
その中の一つが、今撮影していらっしゃる、奥の部屋の押し入れなんですよ。

で、あの押し入れの中ではどんな方が亡くなったんですかって聞いたら
書生さんと街場の女性だって言うんですよ。
書生さんって言ったら学生服じゃないですか、帽子をかぶって。

それで一日日を置いて次の日また行ったんですよ。
その日は私が廊下を走るシーンだった。
それで照明が決まって、テストですよ。

何気なくひょいと見たら、私が居るここの場所っていうのは、ちょうど外廊下につながる座敷の間を抜ける小さな廊下ですよ。
ガラス戸が隣にハマっている。
そのガラス戸に自分が映り込んでいるんだ。
あぁガラスに私が映り込んでいるなぁと思ってね
それでテストをやって戻ってきて、はいじゃあ本番行こうかって言うわけですよ。
私が監督ですから。
自分が出演者でもあるけども。

それでひょいっと見ると、自分が映っていないんですよね。
照明変わったのって聞いたら変わってないっていう。
おかしい、さっきまで自分が映っていたのに映っていないだなんて。

変だなーって思ったその瞬間に気づいたんですよ。
さっき自分は夢中だったから気付かなかったけども、それは自分じゃないんですよね。
そんなバカなって思ってよーく見たら、そこにはガラスなんかはまっていやしないんですよ。
自分が映るわけなんてないんだ。

さっき私が見たのを思い出すと、色の白い日本髪をしている女なんですよ。
髪に串を指しているね。
あーいけないって思ったんだけど、そのシーンは撮っちゃったんですよ。

撮って様子を見に行こうと思って、その部屋に行ってみたんですよね、その通廊のある。
それでその部屋に入ったんだ。
隅の方に、小さな鏡台があるんですよね。
引き出しが一つある。

あー、こんなものがあるんだって思ってね、
鏡台はホコリだらけですよもちろん。
つまんで引き出しを開けたら、中は綺麗で、真っ赤な櫛が一個入っていたんです。
その時思った。さっき私が見た、あの女がしていた櫛なんですよね。

今でもたまにその旅館をお借りするんですが、やっぱり不思議なところなんですよね。
人の想いや念ってあるもんですよね。

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