東京のJR駅のプラットホームで、
仕事帰りの付き合いで多少酔った倉田さんという人がベンチにかけてウツラウツラ居眠りをしていた。

と、不意に誰かに「おい」と声をかけられて倉田さん辺りを見たんですがね、
そこには携帯を持ってメールを送っている人間、スポーツ新聞を読んでいる人間、
ゴルフのスイングを練習している人間、誰もがみんな電車の時間待ちで暇つぶしをしている。
周りを見ても自分を呼んだような人の姿は見当たらない。

(おかしいな..確かに呼ばれたんだけどな..)と思ったんですが、
でも誰も居ないから空耳かなと思ってまた視線を元に戻した。

すると自分がかけているベンチの前のプラットホーム、そのプラットホームを手がぐっと掴んでいるのが見えた。
えっ?見ていると、そこの手の間から男の顔が現れた。

無表情をしているその男が、ズルッ・・ズルッ・・とホームに這い上がってきたんで、
(何をしているんだこいつ..おかしなやつだな?)と思った。

全く表情が無いまま、その男ばルッ・・ズルッ・・と上がってくる。
そして自分に向かってぬーっと手を差し伸べてきた。

どうやら自分を引き上げてくれと言っているようなんだけれども、何だか気持ちが悪い。

あまりに突然のことでどうしていいか分からないものだから
周りを見回したんだけども、周りには気づいている人は居ないらしい。
というのも、周りの人にはその男は見えていないらしい。

この男の事が見えているのは自分だけなんですよね。
おかしいなー..と思ったんだけども、なおも男ばルッ・・ズルッ・・とやってくる。

その時に倉田さんは思った。
(えっ、待てよおい。こいつこの世のものじゃないのかな・・・?)
生きている人間じゃないんだと思った瞬間、ぞくっとした。

男はなおもホームから手を伸ばしてきて、「おいっ、頼むよ」と言った。
逃げることもできなくて、倉田さんはその場でじーっとして固まってしまった。

とホームの向こう側からチカッとライトが光った。
そして下りの電車が入ってきた。

男はなおもジッと自分を見ながら手を伸ばしている。
そして這い上がろうとしている。

自分は助ける気がないもんですから、その場に固まっていると、
表情のないその顔が突然、険しい顔に変わってこっちを睨みつけた。

ウワッと思っていると、電車が自分の前の方までさっと入ってきた。
と男はスッと姿を消した。

電車が止まってドアが開く。
ホームに居た連中がみんな電車に乗り込んでいく。
倉田さんも、じゃあ自分も乗ろうと思って電車に向かって歩き出した。

でもさっきの男の事が気になるもんですから、電車とホームの間を乗る直前に覗いてみた。
見ると、暗いホームの底から手がおいでおいでをしているのが見えた。

驚いたけれども急いで電車に飛び乗って、そして扉が閉まって電車は走りだした。
(うわーなんなんだよ今の・・・いや、本当にに驚いたな。しかしほんとに手を掴んであげなくてよかったな・・・。)

もしも手を掴んでいたなら逆にこっちが引っ張りこまれて電車に引かれていたかもしれないな・・・。
いやー、また嫌なもの見ちゃったなと思った。

というのもこの倉田さん、
一月ほど前にも同じ駅の同じホームで男の飛び込み自殺を見ているんですよね。

その時は倉田さんが居て、その近くに男の人が居た。
白いシャツに紺のジーンズにスニーカーを履いている。

そしてチカッと向こうにライトが光って、下りの電車がスーッと入ってきた。
電車を見た時に倉田さんの視線と男の視線が合った。

とその時、男は倉田さんに何かを言いかけたようなんだけども、もうその時には男はホームから飛び降りていた。
電車が走ってくる、男が飛び込む。電車が急ブレーキをかけた。

男の体がホームに舞っていって、ドンッという鈍い音がした。
倉田さんは慌てて顔を隠したんですけどもね、自殺の瞬間を見ちゃったんですよね。

そんな事もあったものだから、なんだかここのとこ嫌なものを見るなーと思ってた。
まぁそんなこともあって四、五日が過ぎた。

この日は遅くまで仕事があったんで、
倉田さんは終電近い電車に乗って、シートに座って雑誌を読んでいた。
と、トントントントントン...と足音がして、自分の前のつり革に男が立った。

電車の中はガラガラにすいている。
座るところはいくらでもあるのに、何で自分の前にくるんだろう?
おかしな男だなと思って、読んでいた雑誌をどかして前を見た。

紺のジーパンにスニーカー。
何だか見覚えあるなー・・と思っていると、頭の上で
「よぅ、しばら」くと声がした。

見上げた瞬間に倉田さんはうわっと思った。
男の顔、その表情、この間ホームから手を差し伸べてきたあの男なんですよ。
待てよ?ということはこの男はひと月ほど前に自分の近くに居て、ホームに飛び込んで死んだアイツだったのかと思った。
もう体が凍りついて何も出来ないもんだから、そのまま黙ってジーっとしていると男がグッと顔を近づけてきた。

男は顔を近づけて、「おぅ、俺だよ。池本だよ」って言った。
池本?池本・・・!?
あっ!池本!

それは中学時代に同級生だった池本という男だったんですよね。

それに気づいた瞬間頭の中が真っ白になった。

カタン・・と体が揺れて目を覚ますと、電車のドアが開くところだった。

その時にはもう自分の目の前に池本の姿は無かった。
気がつくと自分は雑誌を持ったまま寝ていたらしい。

いやー..嫌なもの見ちゃったな..と思った。
そしてふっと池本の事が気になった。

家に帰って中学時代からの友人に電話をかけて池本のことを聞いてみた。
すると友人が、
「あぁ・・・池本のやつなぁ・・・最近死んだらしいぞ・・・。それも自殺だってさ・・・。」

という返事が帰ってきた。

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