窓を叩く女

富士の樹海での話です。
私も年に五、六回は富士の樹海に行くんで、
自分にとってはそんなに怖い場所じゃないんですよ。
おまけに夜は音がないし、撮影もしやすい。

それである時、夜にその樹海の中で撮影してたんですね。
今いる場所も木がたくさんありますけども、樹海にいったらもっとすごいんですよ。
音も何もない。
そして照明をつけているんですが、ついているところを人が歩くと分かるんですけども、
照明から一歩外れると、人の姿が全く見えないんですよね。
樹海ってそんなところです。
そんな樹海で撮影していたんです。

それで真夜中に撮っている途中で、休憩をいれたんですよ。
向こうで煙草を吸っている人間もいるし、あっちでコーヒーを飲んでる人間もいるし、
お喋りをしている人間もいる。

わたしも休憩しながら何気なく樹海を見たら、車が凄いスピードで走ってくるんですよ。
ライトの光が木の間からチラチラ見えるから、(あー車がくるなあ..)って思ってたんですよ。
それにしても凄いスピードなんだ。
樹海を走ってくるのに、そんなスピードで走ってくる馬鹿はいない。
もう本当にすごい勢いでくるんですよ。
どうやら、その車は我々の灯りを目指して走ってきているようなんです。
あれ?っと思っていたら、そのうちに車がやってきて、止まった。
見ると、その車はタクシーでした。

制作の女の子が
「お疲れ様です!すみません。これ、料金をお支払いするので領収書をお願いします」
って言いながら走っていったんだ。

こっちも打ち合わせをしながら、見るともなく見ていたら、そのタクシーの後ろのドアが開いた。
若手の俳優さんが降りてきた。

ところがおかしいのが、この業界ならどんな時間に来ようと
「おはようございます!よろしくお願いします。」って言うんですが、この俳優はそれを言わないんだ。
様子がおかしい。
青い顔をしている。
それで、灯りの中の我々を見ているんですよ。

(なんだ?こいつどうしたんだろう..)って思った。
尋常じゃない様子なんだ。
そしたらやがて、もう一人俳優が降りてきた。
彼はもっと様子がおかしくて、肩で息をして震えているんだ。

で、相変わらず私は打ち合わせをしていると、制作の女の子がまた
「すいません!料金お支払いをするんで、領収書を...」って言っている。
でも、運転手さんも前を向いたままボーッとしているんだ。
その女の子が窓を叩いて、更に「すいません!料金お支払いをするんで、領収書を..」って言うと、
運転手さんが、ようやくドアを開けて出てきた。
(なんだ?どうしたんだ?)って思った。
三人とも固まってるんです。

不思議に思ったんで、私もその三人の所へ行ったんだ。
他のスタッフもそれに気がついて段々と人が集まってきた。
それで何だか三人を囲うような形になっちゃったんですね。
そしたらその三人が周りを見ているんですよ。
みんなが居て当たり前、撮影してて当たり前なのに、
なんとも言えない目でこっちを見ているんですよね。

それで私が「あぁどうもご苦労さんねー」って言ったら、
「あぁどうも・・・」って。
「なんかあったの?」って聞いたら、
「いやー、あのー・・・実はですね・・・」って恐恐と話し始めたんです。

彼らは次の朝一番からのロケなんですが、前乗りって言って前の晩から入るんです。
制作の方からFAXが行って、JR乗って何処何処駅で降りてここまで来てくれと連絡が行くんです。
その通りに彼らはJRで駅に降りて、タクシーに乗って、
運転手に地図を見せて何処何処までお願いしますと頼んだ。
タクシーは走りだした。

でも暗い木々の中を通って行くわけじゃない?
初めは話していたんだけども、飽きちゃったんだろうね、
いつの間にか寝ちゃったらしいんですね。
しばらくしてから後ろの右側に座っている青年が目を覚ました。
(まだかなーそろそろ着くのかなー)と思っていたら
運転手さんがぼそっと呟くように、「あれ、おかしいな・・・。道間違えちゃったかなぁ・・・」って言ったんですって。
(冗談じゃねぇよ)って思ったんですが、青年は余計なことは言わずに黙っていたんです。
そしたら左側に乗っていた青年も目を覚ました。
あれ、まだー?って言ったら
運転手さんが「いやなんだかおかしいんですよね、なんだか道を間違えたような気がするんだけどもなぁ」と言う。
で、二人は(えー)って思ったんですが、その時外を見ると、周りが木々の泥道を走っていたらしいんです。

今時何処を走っていても舗装されてる道ですよ。
それが泥道を走るもんだから、ガタガタと車が揺れるんです。
轍はあるんだけども、車が走っているような形跡はそんなに無い。
その中を車が走っているんです。
周りは鬱蒼とした木。雑草も生えている。

(何処走っているんだろうなぁこの人?)と思っていたら、
ヘッドライトの灯りの先に何かが見えたって言うんです。

それで右側の青年が、「運転手さん、車じゃないかなぁ」って言ったら、
「あぁ、そうみたいですね、地元の車かなぁ?あそこで聞いてみますね」
って運転手が言って近づいていったそうなんです。
近づいていったらその車が何かよく分かったって言うんです。
それはもうペンキも剥げて錆びついた、古い放置された車だったんですね。
誰かがそこに乗り捨てていったんだ。
雑草の中に、その車が埋まるようにある。

「運転手さん、あれ地元の車じゃないね、放置車だね」と青年は言った。
明らかにもう何年も経っていて、ボロボロだったって言うんですよね。
道が狭くて更に放置車があって幅がギリギリだからスピードを落としてすれ違おうとした。
するとすれ違う瞬間に、後ろの右側に乗っていた青年が「見るな!」って言ったんです。

左側の青年は大声にびっくりして何事かと思ったけども、固まってたって言うんです。
でも運転手さんは見るなって言ったって見ないわけにはいかないじゃない。
狭い道でスピードは出せないし、ぶつかりそうだし。
それで薄目を開けながらゆっくり走っていったそうです。
せいぜい車との間は5センチくらい。
間では雑草がふさふさと揺れているわけだ。
しばらくすると放置車とタクシーが殆ど同じ位置に並んだ。
すると突然右側のドアがドンドンドンドンとすごい勢いで叩かれたそうです。
思わず三人は叩かれた方を見てしまったそうです。

誰も乗っていないはずのその放置車。
その車から女が上半身を出して窓を叩いていたって言うんです。
血だらけで。

タクシーのドアを開けようとして、ドンドンドンドン、ドンドンドンドンと叩いていたそうです。

運転手さんはあちこちぶつけながら車を走らせたそうです。
しばらくすると舗装された道に出たんで、右も左も関係なくひたすら走ったって言うんですね。

右側に居た青年が「運転手さんあれなんですかね」って聞いたら
運転手さんが「前にね、この辺りで車の中から死体があがったって話があったんだけども、あれかなー・・・」って言うんです。
左側の青年が「じゃあ運転手さん何であんな道走ったんですか!」って聞いたら
「いや、あんた達がこっちに曲がれって言うから曲がった」って運転手さんが言うんで
「俺達は寝てたからそんなこと言ってない!」って言ったら

「じゃああれは誰が言ったんだろう」って運転手さんが言ったんですね・・・。

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