赤い日記帳

場所はハッキリ言うとまずいと思うんですけど、東京のある場所に学生専用のマンションがあるんですよ。
ご存知の方がいらっしゃるかもしれませんね。
ただね、そのマンションは今は全く使っていないんです。

すごく高級なマンションなんですよ。
それでそのマンションがどういう作りかというと、三つの棟からなっているんです。
真ん中は吹き抜けなんです。
要するに女子短大生と、女子大生のためのマンションですよ。
それで一階はお喋りも出来るようになっているんです。
そして向こうには喫茶室がある。
地下には舞台があって大きなホールがあるんです。
そこもすごく洒落た作りなんだ。

私、そこが出来た時に行ったんですけど、驚いちゃったなぁ。
エレベーターも吹き抜けになっていて、ほんと驚いたなぁ。
丁度バブルの前頃なんですけど、よくこんなものを作ったなぁと思いましてね。

そこのマンションなんですけど、部屋は二人で入るんです。
要するに二人がルームメイトになるわけだ。
といっても共有する場所というのはバス、トイレ、キッチンぐらいのものでね。
それでお部屋は別々。
ちゃんとベットルームもある。
ただ通路というのは突き抜けていますから、お互いが見えるわけです。
だからお互いのプライバシーをある程度守りながら、お互いが行き来出来る環境というんですかね。
それで一部屋に二人が入るというシステムになっているんです。

それで今日お話する話というのは、かつてそこに住んでいた女子短大生の方から聴いたお話なんです。

その人は良いところのお嬢さんで、そのマンションに入ったわけだ。
そうしましたら同じようにそこに入った女の子が居る。
必然的に二人はルームメイトですよ。
ところがこの一緒に入ったお嬢さんというのは、色が白くて、まぁまぁ美人で、黒い長い髪をした大人しい人なんです。

どう大人しいかというと、普通だったら年頃の女の子が二人居たら、色々とお話をするじゃないですか。
同じ部屋に居るわけですから。
ところがすぐに部屋に入ってしまって、何か声を掛けると「えぇそうね」とか、「うんうん、そうだよね」ぐらいの簡単な返事しかしない。
つまりそれ以上会話が進まないんです。

(随分あの子は大人しい子なんだなぁ。
 出しゃばらない子なんだなぁ)

じゃあって言うと、決して付き合いが悪いわけじゃない。
一階で皆で集まってお喋りをしていると、ちゃんとその子も来る。
皆から仲間はずれにされているわけでもなければ、話の輪に入らないわけでもない。
ただ決して自分から進んで入ってくるわけじゃなく、近くにいて黙って話を聴いている。

他の友だちというと、皆ほとんどが同じ大学ですから、学校でお喋りをして話し足りないことは
マンションに戻ってきて一階で散々好きなだけ話して、それで部屋に戻っていって眠るわけだ。
学校にいてもマンションにいてもたくさんお喋りが出来るわけですから、とても楽しい毎日ですよね。

でもそんな中でこの子は一人静かにしているんです。
ただニコニコ笑ったり話を聴いていたりするだけでね。
言葉を変えるならば、親しい友人は居ないんですよね。
仲良くしたいなと思っても話をあまりしないんですから。
むしろ彼女は他の子と話してしまいますからね。

そんなある時、たまたま自分の部屋でガタガタと色々していた時に、あることに気がついた。
仮にこのルームメイトの子のことをA子ちゃんとしておきましょう。
やけに隣の部屋が静かだなと思ったので「ねぇ、A子ちゃん、居るの?」と声をかけた。

声をかけたんだけども返事がない。
(あれ、おかしいな)と思って行ってみると、部屋には誰もいない。

(あれ、居ないなんて珍しいな。
 あの大人しい子が何処に行ったんだろう。
 用事なんて無いはずなのに)

それで部屋を出ようかなと思い、ヒョイッと見たら机の上に真っ赤な表紙の本が置いてあるのが見えた。
見た瞬間に彼女は分かったんですね。
この真っ赤な表紙の本というのは、日記帳だなと思った。

見てみたいと思った。

その大人しい子がいったいどんなことを考えて、どんな生活、考え方をしているのか。
本当は絶対に見ちゃいけないんですよ。
絶対に悪いことなんです。
ただ彼女は軽い気持ちでその日記帳を開いてしまった。
見ると別になんてこと無いことを書いていたので、元に戻しておいた。

(あー、でも悪いことしちゃったな。
 勝手に人に日記帳を見てしまったな)

罪悪感はもちろんある。
ところがそれから少し経って、たまたま気がついたらやっぱり彼女は部屋に居ない。
「A子ちゃん」と声を掛けるけども、A子ちゃんはやっぱりいない。
部屋を覗いてみるとやっぱり机の上には赤い表紙の日記帳が置いてある。
見ちゃいけないんだ、人のプライバシーだもの。
見ちゃいけないんだけども、見てみたい。
彼女は悪いと知りながらもまた見てしまった。
そしたらこの子がすごい借金をしていることが分かった。

(あら、あの子見かけによらず凄いな。
 借金なんてしているんだ。
 自分に比べたらうんと地味な方だし、お金持ちのお嬢さんだし、一体何に使っているんだろう。
 あー、でも悪いものを見てしまったなぁ)

そう思いながら彼女はまた日記帳を元に戻した。
罪の意識は勿論あるわけだ。

それからまた程なくして、また彼女が居ない。

(一体あの子はどうしていつも部屋にいないんだろう)

その時にフッと頭にかすめたのは、もしかしたらまた日記帳が置いてあるんじゃないかということだった。
行ってみたらきちんと日記帳は置いてある。
悪いなと思うんだけど、やっぱり見てみたい。
この前の続きが知りたい。
そこでその日記帳をまた開いてしまった。
そうしたらそこに、男に捨てられたことが書いてあった。

(人って分からないな。
 あんなに大人しくて静かな子が借金はしているわ、男には捨てられるわ、凄まじい人生を送っているんだな。
 この子って大変な人生を生きているんだな)

と思ってまた日記帳を戻しておいた。
でも自分にしたらその見てしまった内容が内容ですから、やっぱり罪の意識があるわけですよ。

黙っていれば知らなくてよかったことなのに、見てしまったから彼女の知らなくていいことを知ってしまった。
でも人にそのことを言えるわけでもないし、ましてや本人に「あなたの日記帳を黙って見てしまったの」なんて言えないじゃないですか。

そんな時にまた下のフロアで皆で集まってワイワイと喋っていた。
その時はすごく盛り上がっていて、盛り上がっている中、ヒョイと見たら、向こうからA子さんがジーっと自分を見ている。

(あ、あの子じっと私の事見ている。
 もしかして日記帳を見ていたことを感付かれたのかな・・・)

でもまた皆との話に戻って話していたら、ヒョイと見ると、また彼女は自分のことをジーっと見ている。

(何であの子私の事見ているんだろう)

そう思いながら彼女のことをジッと見ると、彼女も自分のことを見ていたことに気づいたのか、ニコッと笑った。
それで彼女は上の部屋の方へ上がっていった。
自分はまだ皆とお喋りをしている。
そのうち皆との話も一段落ついて、皆が部屋に戻るというので彼女も部屋に帰っていった。
部屋に着いたら電気が付いていない。

(あれ、もしかしたら寝てしまっているのかな)

そう思いながらドアを開けた。

(でも寝るには少し早いし、おかしいな)

「A子ちゃん、A子ちゃん」と声をかけながらひょいと見ると、向こうの部屋の上はメゾネット風になっているんです。
天井があって、上が出っ張っているんです。
そこから足が見えた。

(嘘だ・・・!
 行きたくない・・・見たくない・・・)

でも行かないわけにはいかない。
人を呼ぶわけにはいかないし、何があったか分からない。
まずは状況を見る必要があるわけじゃないですか。

「A子ちゃん、A子ちゃん」

そう声をかけるけども、返事はない。
ただブランと足は下がっている。

(いや、もしかしたら・・・)と思うじゃないですか。

「A子ちゃん」と声をかけながら恐る恐る部屋に入って行くと、A子ちゃんは首をくくっていた。

「ギャーーー!」

と彼女が叫び、えらい騒ぎになった。
彼女の声を聴いた友達たちが皆やってくるし、管理人はやってくるし、警察もやってくる。
たちまち大騒ぎですよ。

勿論彼女は聞かれましたよ。
ルームメイトなんですもの。
遺書が無かったんです。
一体彼女は何のために亡くなったのか。
どういう生活を送っていたのか。

「どんな子でしたか、どんな生活を送っていましたか」

色々と聴かれるわけだ。
でも彼女は言えない。
彼女は日記を見て色々知っているわけだ。
でも「日記を見たんですが・・・」なんて言えない。
色々なことが分かっているけども言えない。
だって彼女の秘密だもの。
彼女はこういう風な理由で死んだんだと思いますと言いたいけども、決して言えない。
「彼女とはあまりお話をしていないので、わかりません」としか言えないじゃないですか。
余計に罪を感じますよね。

それで彼女もすっかり参ってしまって実家に帰った。
何人ものそのマンションから引っ越したそうですよ。
でもしばらく経って、彼女は最後の荷物を取りにマンションに来たわけだ。
で、見るとは無しに隣の部屋をフッと見ると、ダンボールが三つ置いてある。

(元々荷物の少ない子だったけども、こんなに少ない荷物しかなかったんだなぁ)

フッと見ると、そのダンボールの一つに赤いものが見えた。
その瞬間に見てみようかなという気持ちが湧いた。
すごいいけないことなんだけども、見てみようかと思った。
それでダンボールを開けてみたら、案の定それは日記帳だった。
彼女は見えた日記帳を引き抜いた。
そしてその日記帳を見ていった。

最後のページのところに何か書いてある。
ぺたっと紙が張り付いてある。
それを引き剥がして、彼女はそれを広げた。
そこにはただ一つ

「見たな」

と書いてあったそうなんです。

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