お地蔵さんの祟り

最近の話ばかりじゃなくて、ちょっと昔の話で、伝承・伝説の話をしてみましょうかね。
探してみましたら、この話は他の土地でも結構あるんですよ。
それで東京にもあったんです。

もうえらい昔の話になりますよ。
東京と言っても当時はなんて言ってたんでしょうかね。
今で言うなら八王子ですかね。
あの辺りっていうのは昔は機織りで大変有名な街だったんです。
ですから同じ東京、江戸と言ってもまた違う雰囲気を持つ場所だったんですよね。

それで機織りをするためにあちらこちらから若い娘が送られてくるんですよ。
勿論住み込みでもって、そこに住み込んで年がら年中機を織るんです。
ですから当時の機織りの八王子というのは何処へ行ってもキーパタン、キーパタンと機を織る音が聴こえていたそうです。
それで一生懸命働いて、わずかばかりのお金をいただいて、それでやがては国に帰ったりだとか皆するわけですよね。
ただ、働く街ですから、なんの娯楽も無いわけです。
今も八王子という場所は東京の都心と比べると寒いところですが昔はかなり雪も厳しく降ったそうですし、寒かったそうですね。

まぁそんなある日なんですが、外にも出れないし、やることもないし、機織りをする女の子たちが何人か集まってお話をしていたんですね。
それは何かというと、退屈まぎれに皆で肝試しをしてみないかって話だったんです。
誰かがきっと何処かから話を聞いてきたんでしょうね。

自分たちが住んでいる家というか、小屋の場所から少し山に入って行くと谷川のようなところがあって、
そこを過ぎて行くと、小さな沼があって、沼の淵にお地蔵さんが居る。
そのお地蔵さんの前掛けを取ってこないかというんです。
勿論夜中に。

それでもしもそれを取ってこれたら、自分が織った反物をあげようじゃないかと、賭け事のようなことになってきた。
そうなってくると段々皆話に夢中になってくる。
面白い、やろうじゃないかという話になった。

ところがいざ誰が行こうかとなると、誰も手を挙げなかった。
というのは、そこまでの道のりが如何に寂しくて如何に怖いかというのを皆知っていましたから、誰もやろうとしない。
ただ誰か行った人が居るならば、話を聴いてみたい。
でも自分は行きたくない。

「ねぇ、もし行くんだったらさ、私一反あげるよ」

「じゃあ私も一反あげる」

皆が自分が織った反物をあげるあげると言う。
そんな話をしていると、たまたまその土地の農家のカミさんがやってきた。
背中に赤ん坊を背負ってその話を聴いていた。

そして
「今の話だけどね、本当に行ったら反物をくれるのかい?」
と聞いた。

「うん、行くなら上げるよ。
 その代わり、ちゃんとお地蔵さんの前掛けを持ってこないとダメだけどね」

「じゃあ私が行って持ってこようじゃないか。
 持ってきたら本当にくれるんだね」

反物は高いものですからね、そりゃあ欲しいですから。
農家のカミさんは背に腹は代えられないんで、「じゃあ私が行ってくるよ」と言った。

その時に何人かは
「やめた方がいい。
 あそこは怖いっていうよ。
 あそこは祟るっていうから」
とカミさんを止めた。

しかし残りの何人かはやっぱり怖いもの見たさで、無責任な話ですが、本当に祟るのかどうか試してみたかった。
結局そのおカミさんは行くことになった。

子供をねんねこに背負って、顔や首に布切れを巻き付けて、ほっかぶりをして、そうして真夜中の山の道に出てきた。
風が吹いている。
寒い中をただ一人、山を歩いて行く。
鬱蒼たる木々が周りにあって、風が吹く度に揺れている。
石ころを蹴ったりすると、闇の中にコーンと音が響く。
向こうでは風に吹かれて何かがバタンバタンと音がする。
怖いとは思うけども反物がほしい、お金がほしい。

ただひたすら山道を歩いて行く。
しばらくすると、ザーッと流れる滝の音がする。

(あぁ、もうすぐだ。
 もうすぐだから、頑張らなくちゃね)

背中の子供をひょいと持ち上げたりして、語りかけるようにしながら。

(もうすぐだから頑張らないくといけないね。
 さぁもうすぐだよ)

と自分に大丈夫だ大丈夫だと言い聞かせながら滝の傍を通り過ぎた。
また少し行くと景色が開けた。
うっすら明かりの中に沼が見えた。

(あぁついに来たんだ。
 ここが言っていた沼だ)

シーンとした中風に吹かれながら、お地蔵さんのお堂のようなものが見えた。
中にはちょこんとお地蔵さんが居るわけです。

(やった、これさえ持っていけば)

そう思いながらお地蔵さんの前掛けを取った。
それをグッと掴むと、もう怖いですからね、小走りで戻っていく。
風がゴーッと強く吹いている。

そうすると後ろのほうから

「おい、置いていけ」

という声がした。
突然のことで心臓が止まりそうになった。
それでもタッタッタッタと走って行く。

「おい、置いていけ。
 置いてけ」

声が追ってくる。
すごい勢いで走るんだけども、向こうもすごい勢いで追いかけてくる。
転げるように山を降りていくと向こうから

「おーーい、置いていけ」

と声が追いかけてくる。
風はなおもゴーッと強く吹いてくる。
嵐の時のように木々が風に吹かれて大きく唸っている。
何処からか物が倒れるような音がする。
何とか皆が居るところまで戻ってくるとバタンと戸を開けた。

「ほら、持ってきたよ」

お地蔵さんの前掛けを皆の前に差し出した。
皆はそれをジーっと見ていた。

「さぁこれで反物は私のものだね。
 さぁ皆反物をおくれよ」

それで何でか分からないけれども、さっきから首筋を拭いている。
それを見ていた機織りの一人が

「おい、あんた・・・手が赤いよ」

ねんねこの紐を解いて、ねんねこから赤ん坊を抱きかかえようと思った瞬間

「ああぁぁぁぁああああああ!!!」

と悲鳴を上げ、そのまま倒れてしまった。

おぶっていた子供の首が無くなっており、そこから真っ赤な血が広がり、ねんねこを真っ赤に染めていた。

赤い前掛けを盗んだおかげで彼女の手は真っ赤に染まってしまったんですね。
子供の頭を取られてしまったんですね。
そういう伝説があるんですよ。

その場所ですが、私は場所を知っています。
でも行かないほうがいいと思いますよ。
今お地蔵さんはありません。
ただ八王子には首なし地蔵があるんですよ。

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