消防署の怪

昔事件もののレポートをやっていましてね。
川崎の消防署に取材に行ったんですが、そこに幽霊が出るって言うんですよ。
これね、新聞に載ったんですよ。
一流紙に載ったんですよ。

それでそうゆう取材だったら稲川さんだろうということで私が行かされたんです。
その消防署というのは川崎の中でも大きな消防署なんですよ。
建物も一新されていて、それはもう大きな建物なんですよ。
化学消防車もあるし、当時では珍しい大きなコンピュータ室もあるんです。
それでレスキュー隊も居る。

そんな最新鋭の装備を揃えた大きな消防署に幽霊が出る。
この話は面白いなと思った。
それで行ってみたら本当に新しくて見事な作りなんですよ。

(何処に一体幽霊が出るんだろう?)

それでまずは署長さんにご挨拶申し上げて、「どういうことなんですか」と聞くと、お話してくれたんです。

ここには昔古い形の消防署があったんですよ。
それで鐘楼、要は火の見櫓ですよ、それもあった。
その火の見櫓に夜に上がって、何処かで火が上がってないか見ているわけです。
と、見ていると

カーンコーンカーンコーンカーンコーン
と、音がする。

(あれ、交代の時間にしては早いな)

そう思っていると、誰も上がってこない。
でも靴音がするから見てみると、誰もいないっていうのは日常だったんです。
そういうことが当たり前にあったんだけど、その建物が壊されてこの新しい建物になったんですよ。
それで新しい署長さんが迎えられたわけだ。
ようするに私達が会ったご本人なんですけどね。

それで署長さんは早速各部署に顔を出しに行った。
ずーっと端の部屋、そこはというとレスキューさんの仮眠所なんです。
そこには二段ベットが置いてある。
私も見せてもらいました。

そうして署長さんが行きましたら、あちことにコップに水が入って置いてあったんですよ。

それでなんだろうと思って
「何で色んな所にコップに水を入れて置いてあるの?」
と聞いてみた。

そうしましたら聞かれた人が、
「新しい建物だから乾燥しちゃうんですよ」
と答えるんです。

へーっと思いながら何気なく周りを見てみると、壁の一箇所にガラス窓が嵌めこまれている。
そこから外が見えるんです。
コンクリートの地べたが見えている。
そこにもコップに水が入って置いてあるんです。

「稲川さん、おかしいでしょ。
 部屋の中にあるんだったら乾燥って言われても分かるんだけど、部屋の外に置いてあるんだから」

それで気になったもんだから

「えっ、あの外に置いてあるやつは?」

「いやー・・・」

そう言って答えてくれない。

(おかしいな、これは何かあるな)

もちろん署長さんがお休みになる部屋も別にあるんですが、どうも気になったんですね。
気になったからその水が置いてある部屋で寝てみたそうです。
もう夜暗い時間でしたからね。
そうしていたら小さな灯りがカチッと切れた。

(あらっ、切れた。
 起きて灯りを付けなそうかな)

そう思っていたら、体が動かない。

(何だこれ)

金縛りなんですよね。
体が動かない。
署長さんが寝ているところというのは、その窓、ハメ殺しになっていて開かない窓なんですが
そのガラスが嵌めてあるすぐ傍、二段ベットの下に寝ていたんです。

(あれ、体が動かないな)

窓の外をスッと何かが動いた。
でもそれ、よくよく考えたら違うんですよ。
壁とベットの間に男が立っているんですよ。
その男を見ると、体が逞しくて、良い体をしているんです。
それで目線を上にずらしていったら、その男、頭が乗っていないんです。

(あ、この男は生きている人間じゃない。
 生きている人間なわけがない)

そう思ったんだけど、その男が歩いているんだ。

(うわー、よせよ・・・)

誰かを呼ぼうとするんだけど、声も出ない。
そうしましたら今度は時代劇に出てくるような着物姿の女が歩いて行くんですよ。
署長さんはそうやって真面目に私に言うんです。

それで朝になってその日は引き上げたんですが、どうも納得が行かない。

(あれは何だったんだろうな)

署長さんですから、肝っ玉が据わっているんですね。
それでまた一人で泊まってみた。
その日はなんだかうなされた。
やがて目が開くと汗をびっしょりかいているんですよ。

何かが居るような気がするんだけども、なんだか分からない。
と思っていたら自分の足先のベットの方が盛り上がってくる。

(何が盛り上がっているんだろう)

恐る恐る見ますと、だんだんと頭の形が現れてきて、そいつが自分に向かってニューっと手を伸ばした。

(これはまずい、やられる!)

それでその瞬間パッと消えた。

(助かった・・・)

そう思ったんですが、その瞬間、横がモコっと盛り上がったんです。

(何だろう)

自分の腕のところに何かが当たっている感じがする。
寝ているのは自分一人なんですよ。
妙な感触がある。
それで見ると、そこに男がゴロンと寝ているのが見えた。

(あー、これはまさしくだな)

そう思い、レスキューの皆を呼んだ。

「何かおかしいことは起こっていないか。
 何かあるなら言ってくれないか

「いえ、何もありません」

「いやいや、隠さないで言ってくれ。
 皆の仕事は命がけなんだ。
 仮眠室で休めなかったらどう言うことが起こるか分からないし、事故に繋がるかもしれない。
 私には責任があるから、ハッキリと言ってくれないか。
 もしかしたら、何かが出るんじゃないのか」

そうしたら一人が
「いや、実は・・・」
と口を開いた。

そうしたら皆が
「実は・・・」
と声を上げる。

見ると一人の隊員は手に数珠を下げている。
「これは何なんだい」と聞くと、皆幽霊を見ていると言うんです。

(こいつはまずいな。
 皆の命を預かっているような近代的な消防署で幽霊騒ぎなんて、何かあってからじゃまずい)

それで早速お坊さんを呼んだ。
そしたらお坊さんが

「これは地下の霊の祟りだ。
 これは祓わなければならない」

と言われたそうです。
その話を聴いた時に私は「それって何かあったんですか」と聞いた。

「稲川さん、上がってみたら分かりますよ」

それでビルの最上階に上がってみた。
そしたら何の事はない、消防署がある建物の後ろに二メートルくらいの石垣があるんです。
その向こうは大きな墓地なんですよ。
たくさんの墓が並んでいる。

「あー、署長さんこれなんですか」

「いや、違うんですよ稲川さん。
 そちらはお寺さんのお墓なんです。
 実はこのお寺さんのお墓がある通りから、消防署までの間、その場所というのは、昔の投げ込みなんですよ。
 稲川さん、川崎という土地は昔から旅人が多い土地でね。
 勿論遊郭もあったし、そういうところだったんでしょうよ。
 博打やなんかで喧嘩もあったでしょうし、実際病気で倒れて亡くなる方も居たでしょうし。
 それを昔、お寺さんでは受け取らないで、お寺さんに続く通りに穴があって、そこに投げ込んだっていうことですよ。
 そこっていうのは、あそこの場所なんです。

 ですから尋常な状態じゃないんです。
 だからお寺さんも、これは私一人じゃどうしようもないと。
 なので霊能者二人も呼んで、三人で治めるんです」

「その後は?」

「その後はないと思うんですけどね、でも不思議なことがあるんですよ。
 稲川さん、ちょっとこっちに来ませんか」

それで私は着いて行きましたら、それは建物の裏側なんです。
そしてコンクリートの一角が掘ってある。

「霊能力者やお坊さんに言われたんですけど、
 『全てをコンクリートで覆ってしまってはいけないから、土をあげなさい』
 って言われたんで、土を出したんです。
 それで自腹でもって碑を作ったんです」

見るとそこにはきれいな碑が立っていたんです。

「でもね、稲川さん。
 見てみてくださいよ。
 線香が上がっているでしょう」

「あぁ、誰かがお線香を上げてくださっているんですね」

「これが不思議なんですよ。
 実はね、うちの隊員の中では、お線香を上げている人はいないんです。
 気が付くとお線香はあげられているし、花は添えられているし。
 おまけに幾らかのお金も置いてあるでしょう。
 多分近所のお年寄りが来て、お線香やお花を手向けてくれるんでしょうけど。

 でもね、稲川さん。
 実はこれ、人には言っていないんですよ。
 新聞に載ってからは分からないけども、それまでは誰にも言っていなかったのに
 誰かが線香を置いていく、誰かが花束を置いていく、お金を置いていく。

 それでもっと不思議なのがね、稲川さん、ここは建物の裏でしょう。
 外からはこの場所は見えないんですよ。
 外から見えない場所なのに誰かがこうやってやってくれているんです。

 それで稲川さん、もう一個不思議なことがあるんです」

「なんです?」

「消防署って、四六時中誰かが起きているんですよ。
 それもここは大きい消防署ですから、一人や二人じゃないんですよ。
 でも一体誰が花を持ってきているのか、誰がお線香を上げているのか、見た人間は一人もいないんです。
 不思議ですよねぇ」

これは実際テレビでも放映されましたし、新聞にも載ったんですよね。
この現代でもこんな不思議があるんですよね。

前の話へ

次の話へ