出口の見えないトンネル

専門学校の軽音楽同好会のメンバーが夏季合宿というような名目で関東の海辺の町へやってきた。
でもこれは端から遊びが目的ですから何の制約もないんです。
夏季合宿と言ったって、皆ただ楽しく遊んでいるだけ。
海風にあたりながら皆でワイワイ盛り上がっていた。

そんなところにメンバーの中の一人がやってきて、どっかから話を聞いてきたんでしょう、

「おい、来る時に通ってきた道あったじゃん。
 その道に十字路があっただろ。
 そこを右にずっと行くと、丘みたいなのがあってそこに車を停めるんだけどさ、それ以上行けないんだよ。
 しばらく歩いて行くと雑草が生い茂った道があるんだって。
 その道を真っ直ぐ行くと旧日本軍の手掘りのトンネルがあるんだってさ。
 そこ、マジで出るんだって。
 行ってみない?」

と言ってきた。
何処かでその心霊スポットの話を聞いてきたんでしょうね。
でもそこに居た皆は海でここちの良い風にあたって遊んでいるわけですからね。
わざわざ昼間からそんなところに行きたくないから誰も話に乗らなかった。
それでこの話は一旦立ち消えになった。

夜になった。
夕食が済んだんだけどやることはない。
この辺りは自然が豊かな場所ですから近所にお店はないんですよね。
あっても田舎だから早い時間に閉まっちゃう。

「行くところもないしどうしようかなぁ」
「今から浜まで行ってもどうしようもないしなぁ」

なんて話をしていると一人が

「そういや昼間言っていたトンネルってさぁ・・・」

と言いだし、話が盛り上がってきた。
誰からともなく「行ってみる?」と言い出し、「行こうか」ということになり、そのトンネルに行くことになった。

初めにこの話をし始めた彼と後三人がそのトンネルに行くことになった。

丁度一人酒を飲まない奴が居たからちょうどよかった。
ソイツが運転をして街道をずっと走って行く。
十字路があって右に曲がってずっと行くとやがて向こうに鬱蒼とした木々が生い茂ってくる。
どうやら少し小高い丘になっているらしい。

そこからは車では行けないですから懐中電灯を持って歩いて行くと、この木々を通る細い道がある。
話のとおりだった。
そこを皆で歩いて行く。
そしてしばらく行くと、前方にトンネルが見えてきた。
岩を繰り抜いたトンネルが、黒い口を開けてあるわけだ。
流石になんだか気味が悪い。

「おい、これはすごいな」と言いながら皆で歩いて行くと、あれ? と思った。
皆が想像していたトンネルと違って、それは随分と小さなものなんですよね。
幅は大人二人が並んで歩けるかなぁという程度。
高さはというと、トンネルのアーチ型になっている一番高い部分が二メートルあるかなというくらい。

「何だこれは、随分狭いトンネルだな」

それで試しに懐中電灯の灯りを中に差し込んでみると、灯りの先が闇に飲み込まれていく。

「おい、これは随分奥が深いぜ」

と言ったって夜のことですからね。
出口はすぐそこにあるのかもしれないけど、闇に飲まれて見えないだけかもしれない。
昼間だったらすぐそこに明るい出口があるのかもしれない。

見上げると、木々の梢の間に確かに星空が覗いているわけだ。
目の前には岩肌を繰り抜いた黒いトンネルの口がある。
こんな時刻に一人じゃとても居られる場所じゃない。
やっぱり怖い。

「入ろうか?」

「でもさ、入ったってここ、ただのトンネルだろ、幅も狭いし。
 入ったって結構暇だと思うぞ。
 だからさ皆で一列に並んで行って、灯りを消しながら行ってみない?」

「でもさ、そしたら一番前と一番後ろの奴は怖いけど、
 真ん中二人は全然怖くないじゃん」

「じゃあこんなのどうだ、
 四人で一列に並んで歩いていくだろ、
 それで灯りを消すと、辺りが真っ暗になるだろ。
 灯り消したって壁を伝って歩いていけるわけだからさ。

 そしたら一番後ろに居る奴が、まず初めに自分の頭のなかに浮かんだ怖い話をするわけだ。
 その話をしたら、前三人を追い越して一番前に行くわけだ。
 そうしたら次はまた一番後ろになった奴が頭のなかに浮かんだ怖い話をして、
 また前三人を追い越して先頭に立つんだ。

 これだったら皆が一番前と一番後ろを出来るわけだろ。
 闇の中でさ、面白いと思うんだけど。
 そうしてみない?」

「あぁ、それは面白いかもしんないね。
 それでいってみようか」

それで四人は一列になってトンネルの中に入っていった。
皆が入ると灯りを消した。
途端に辺りは真っ暗闇になる。
トンネルの中ですから、ひんやりと体が冷えてくる。
全く音は聴こえてこない。

流石にちょっと気味が悪くなってきたんで、

「おい、じゃあそろそろさっきのやつを始めようか」

そう言うと、皆はゆっくりと歩き始めた。
皆が歩く足音だけが響いている。
と、一番後ろに居た彼が

「なぁ、この真っ暗闇の中に居るとさ
 この真っ暗な闇の中から誰かがじっと自分たちを見ているような気がしないか?」

そう言って前の三人を追い越して一番先頭になった。
と、次に一番後ろになった奴が

「おい、ここで人が殺されているだろ。
 女が頭を割られているよな。
 血が噴き出してさ、辺りの壁にその血が降りかかって、辺りを真っ赤に染めていったんだ」

そう言うと、前の三人を追い越して一番先頭に行った。
と、次の後ろになった人が

「この真っ暗な暗闇の中から俺たちをじっと見ているのはその女だよ。
 割れた頭から血が吹き出してな、頭から顔から体から、全てが染まっていくんだ。
 それで自分たちの後ろからその女が近づいてくるんだ」

そう言った。
夜中のトンネルですから、話が反響するんですよ。
他には全く何も聴こえないわけだ。
それに真っ暗な暗闇の中ですから、イメージがフッと湧いてくるんだ。

初めはただの作り話だったんですが、だんだんとこの話が信憑性を帯びてきた。
流石に皆怖くなってきた。
と、始めに一番前だった彼が今度は一番後ろになったわけだ。
彼はしばらく黙っていたんですがやがて多少震えた声で

「なぁ、俺が一番後ろだよな。
 それなのにさ、さっきから俺の後ろで息遣いが聴こえているんだよ」

と言った。
一番前の男が冗談で「うわー」と声を上げてかけ出した。
つられて皆も「うわー」と声を上げてかけ出した。

皆は「おい! おい!」と声を上げている。
と、闇の中で

カッコン、カッコン

とハイヒールの靴音が追ってきたんで皆は大声を上げて本気で逃げはじめた。
何にも見えないですから、誰かが「灯り、灯りをつけろ!」と言うと、もう一人が

「駄目だ! 灯りをつけちゃ駄目だ!
 灯りをつけるとソイツの正体が見えちゃうぞ!」

と言った。

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