見つけて下さい

若い会社員の阿部さんという方が、友人のBさんという方を夏の終わりに誘い、
日光からずっと山を回りこむようなルートでキャンプをしようということになった。
でもキャンプと言ったって、簡単な自炊道具とレトルト食品と缶詰で、寝泊まりはワゴン車の中。
まぁキャンプまがいのもんなんですよ。

そんな感じで軽く行ってみたんですが、行ってみるとなかなかいいんですよね。
標高の少し高いところに行くと、もう秋の風が吹いている。
赤とんぼが飛んでいて、辺りはうっすらと秋色に色づいている。

「あちこちちょっと回ってみようや。
 空気もいいしさ」

ということで、二人は車で辺りを散策し始めた。
辺りには景色のいい場所でたくさんの人がキャンプをしているんで、俺達もいい場所を見つけようぜと言い、車を走らせていた。

しばらくいくと、渓谷が見えてきた。
あちこちの木々がうっすらと色づいている。
ここは景色がいいなぁと思って周りを見るんですが、人の姿が無い。

「おい、こんないいところなのに誰もキャンプしていないんだな」
「静かだしここがいいよ。ここにしようぜ」

そう話し、車を止めて近くの木にロープを通し、その先をワゴン車に結いつけた。
丁度木と車の間にひさしを作るようにシートを張る。
その下に折りたたみの椅子とテーブルを組んでライトを吊るす。
それで二人は食事の準備を始めた。
まぁ食事と言ったってレトルトなんで大したものじゃないんですけどね。
早々に食事が出来たんで、二人でそれを食べながらビールで乾杯して心地いい秋風の中、話をしていた。

だんだんと日が陰ってくる。
心地いい風が吹いている。

「あぁ、空気もいいし、良いもんだなぁ」

そんな話をしているうちに、辺りはうっすらと暗くなってきた。
風が出ていた。

「少し風が出てきたなぁ」

だいぶ暗くなってきたんで、灯りをつける。
そのうちに空気が冷えて風が冷たくなってきた。

「おい何だか寒くなってきたな」
「車に入ろうか」

二人は車の中に入り、思いっきりシートを倒し、並んでごろんと横になってしゃべっていた。
あれこれ喋っているうちに阿部さんはフッと気がついた。
Bさんが喋らなくなったんで、Bさんの方を見ると、Bさんは良い具合に眠っている。

車の周りはもう真っ暗なんですよね。
あたりの景色も見えない。
起きててもしょうがないしなぁと思い、目をつぶる。

ヒューッと風が抜けていく。
高い梢が鳴っている。
どうやら風が強くなってきたらしい。
と、風の音に混じって

おぉーーーーい

おぉーーーーい

声が聴こえてくる。
もう眠りかけていますから、何か言ってるなぁとぼんやりと思っていた。
しばらくすると黒い闇の向こうから

ザッザッザッザッ

砂利や枯れ枝を踏みしめながら足音がだんだんとこちらに近づいてくる。
何だか来るなぁとぼんやり思っていたら、自分の耳元のすぐ傍で

コンコンコンコン
と音がする。

起き上がってみると、暗い闇の中に外から窓ガラス越しに男がこちらを覗きこんで窓を叩いていた。

「た、助けてください!
 車が崖から落ちて仲間がまだ中にいるんです!
 お願いですから助けてください!」

何だろうと思い車のドアを開けると男が頭を車の中に突っ込んできた。
男は口の端から血が出ており、額からも血が滲んでいる。

「すいません、助けてください。
 実は車が崖から落ちまして・・・。
 私はどうにか這い上がってきたんですけど仲間がまだ車に取り残されているんです!
 お願いですから助けてください!」

それはオオゴトだ。
自分一人でどうにかなる問題じゃないですからね。
急いでBさんを起こす。

「おいちょっと大変なんだよ、起きてくれよ」

揺さぶって大きな声を出すんですが、Bさんは起きる気配がない。
いくら呼びかけてもBさんはいっこうに起きない。

「すいません、急いでください。
 お願いしますから!
 お願いします、助けてください、急いでください」

男に急かされ、阿部さんはしょうがないんで懐中電灯を持って一人で外へ出た。
と、男はどんどんと先を歩いて行くんで自分は懐中電灯を照らしながら後ろをついていった。

(それにしてもあの人、こんな暗い中を灯りもないのによくドンドン歩いていけるな・・・)

自分が遅れるとその男は立ち止まって振り向く。
急いでくださいとおいでおいでをしている。

「あの、ここなんですけど」

そこはっていうと崖っぷちの道があって、カーブをしている。
丁度断崖になっているんです。

「この下に車が落ちているんです。
 見てみてくれませんか?」

阿部さんは崖っぷちに立ってスーッと下を覗きこんだ。

「この下なんですけど、もうちょっと前に行って見てみてもらえませんか?」

あちこち照らしてみるんですが何も見えない。
おかしいなぁと思い阿部さんが後ろを振り向くと、黒い闇の中で男が一瞬嬉しそうにニターッと笑うのが見えた。

(何だこいつ、気味の悪い奴だな・・・)

「すみません、よーく見てみてください。
 この下なんですよ。
 見えませんか? もう少し前なんです。
 もう少し、もう少し前に行けませんか?」

阿部さんがそう言われて足を出した瞬間、足元の土がガラガラと崩れたんで慌てて近くの木を掴んだ。
そしてどうにか助かった。
崩れた土が谷底へ落ちていく音がする。

(うわっ、危なかった!
 もう少しで落ちるところだった・・・)

全身から冷えた汗が吹き出し、体を伝っていく。

(あぁ危なかった、もう少しで命を落とすところだった・・・)

そう思っていると、後ろから声がした。
「くそ、もうちょっとだったのに・・・」

つぶやく男の声がしたんでこいつは何を言っているんだろうと思っていると
「見えませんか、この下なんですよ。
 もっと前に行ってくれませんか?」

阿部さんはしょうがないから、今度は立木を掴んで足元をしっかりと照らしながら二、三歩降りていった。
灯りの先があちこちを照らしている。

「見えませんか、もう少し、もう少し前へ・・・。
 この谷底の下なんです」

灯りを照らしているうちに、谷底に何かがチラッと見えた。
よく見るとそれは潰れた車の屋根らしい。

(でもこれは一体どうしたらいいんだ。
 一体どうやって降りたらいいんだ?
 下に降りれたとしても、一体どうやって車から人を出し、上って来ればいいんだ。
 そんなこと出来るわけない・・・。
 それにしてもこの男はこんなところからよく這い上がってこれたもんだな。
 これは自分一人じゃどうにもなんないから一度上に戻って警察に助けを頼むしかない)

そう阿部さんは考え、上げてもらおうとその男へフッと手を差し伸ばした。
闇の中でその男がグッと手を掴んだ。

その手はやけに冷たい。
氷のように冷たい。

ところがこの男はいっこうに自分を引き上げてくれない。
何をしているんだろうと思っていると、闇の中で男が

フフフ、フフフ

と笑っている。

(こいつはおかしいぞ・・・)

阿部さんは下に向けていた灯りを上に向けた。
懐中電灯の灯りの中に男の顔が入ってきた。
その瞬間に阿部さんは悲鳴を上げた。

その顔は明らかにさっきの顔とは違ったんだ、どう見ても死人の顔なんだ。
その死人の顔が楽しそうに笑っている。
そしてその男がいきなり阿部さんの手をグッと押し戻してきたもんだから、阿部さんは体制を崩した。
その瞬間、持っていた懐中電灯を手から離してしまった。
懐中電灯があちこちへぶつかりながら谷底へ落ちていく。
男はなおも自分を押してくる。
必死になってバランスを取る。
でもなおも男は押してくる。
仰け反りながら必死に耐えていると、闇の中で男は

「死ね!」

瞬間、阿部さんは自分でも信じられないくらいの大きな悲鳴を上げた。
と、

「大丈夫か!!」
という声がしてBさんが自分へ灯りを向けた。

そして自分の腕を掴み、上げてくれた。
見ると目の前にはBさんが居る。

「男を見なかったか?」
「いや、そんなのは見なかったよ」

阿部さんが今までの話をすると、Bさんが

「いやぁ、俺が目を覚ますとお前が隣に居なかったんだよ。
 あれっと思って辺りを見ると、お前が灯りを付けて一人で歩いて行くのが見えた。
 何かな?と思ったんだけど、妙に気になったからさ、後を追ってきたんだ。
 来てよかったな」

二人は車に戻ったんですが、とうとう寝れないまま朝を迎えた。
朝になって分かったんですが、車を停めたすぐ近くに立て看板があり、「キャンプ禁止」と書いてあった。

「おい、昨日のところへ行ってみないか」

二人は昨日のところへ行ってみた。
その断崖の道というのは通行禁止という柵がしてあった。
カーブをしていて丁度陰っぷちのあたり、そこにも「危険」という看板がある。
二人がそこから下をのぞき込むと谷底に潰れた車の屋根のようなものが見え、あれかと思った。
どうにも気になるわけだ。

それから帰りがけに人が居たんで、あの谷底の車のことを聞いてみた。

「あぁ、あの車ですか。
 春だったかな、多分ドライブか何かで来た車なんでしょうがね、
 あの潰れた車の中から男の人の死体が一つあがりましたよ」

(そうか・・・死体が上がったのか。
 でも何だかしっくり来ないな)
阿部さんはそう思った。

それからしばらく日が経ち、阿部さんはあることを聞いた。
というのは自分たちがキャンプをしたその場所は修復されて展望台になったということらしい。
それと同時に辺りの景観が損なわれるからという理由で、谷底の車も引き上げられた。
引き上げられた車のトランクの中から、男の死体が上がったそうですよ。

死体はもう一つあったんですね・・・。

それで阿部さんは思った。

(そいつだ! そいつが自分のことを呼びに来たんだ!
 車の中に閉じ込められている自分を見つけて欲しくて、そいつが自分を呼びに来たに違いない!)

そう阿部さんは思ったそうなんですよね・・・。

前の話へ

次の話へ