最後のダイビング

僕がたまたま恐怖ものの取材で京料理の店に行ってた時の話です。
それは結構洒落た取材で、料理が出たりなんだとするところでお話をするんです。
カメラを置きっぱなしにした対談がメインなんですが、この店は京都に本店があるんですが、
東京にも支店がある、有名な料理屋さんなんです。
東京にある支店は新宿の超高層ビルの地下一階にあります。

そこで一通りの撮りが終わり食事をしていましたら、だんだんと話が怪談話になってきたんですね。
私が話そうとしたわけじゃないんですよ。
回りにいた女の子たちがそういう話をし始めちゃったから、だんだんと話がそっちに行って盛り上がっちゃったんだ。
それで、そのお店のお偉いさんがたも皆いらっしゃって、

「いやー稲川さんはそういうような体験をよくされるんですよね」
なんて話をしていましたら、そこの店長さんという方がいらっしゃって、
「稲川さん、実は僕も若い時にそういう体験をしているんです」
と言うんです。

「それは、僕は京都の生まれで、まだそっちに居た若い時の話なんですけど・・・」
と言って話をしてくれたんです。
物腰がとっても柔らかで優しくてインテリ風な人なんですよ。
店長と言ってもまだ若いんです。
それで私も興味があったもんだから「どういう話なんですか?」と聞いてみた。

―・―・―・―・―・―・―・―・―

高校を出る時に皆進学したり、就職したりで人生が変わっちゃうから
最後の思い出づくりとして、皆で琵琶湖のほとりで泳ごうじゃないかという話になった。

琵琶湖というと入江がたくさんあったりするんですが、その中でも自分たちが昔からよく行く入江というのがあったそうです。
それで皆が集まって結構な大人数になったんですが、その中には一人、泳ぎが達者じゃない奴が居た。
それで皆は岩場から飛び込みをするんですが、そいつは泳げないもんだから、最後の思い出にアイツを落としちゃおうかという話になった。

その瞬間をカメラに収めようということになり、料理屋の店長の彼がカメラを持っていって、
それで皆が岩場の周りを立ち泳ぎしているんですね。

しばらくするとその泳げない奴が「おい、やめろよ、やめろって」と言いながら押されてきた。
もちろん下の仲間はそいつが溺れないように助けるつもりで立ち泳ぎをして待っているわけです。
しかも「やめろやめろって」と言ってる本人も、もう落とされることは分かっているんですね。
最後だから「やめろやめろ」と言ってる本人も周りも、最後だからその状況を面白がっているわけです。

「やめろやめろ」と言いながらも、でもだんだんと飛び込む岩場の方に走ってくる。
後ろからもう一人の奴が「落とすぞ~」と言いながら追いかけてくる。
そしてその泳げない彼のことを後ろの奴がポンと突き落としたんです。
その飛び込んだ瞬間を店長さんがカメラに収めた。

それでどうなったかと、上の奴は下を覗きこんでいるし、下で立泳ぎで待機していた奴らは潜ったりしている。
でもなかなか泳げない彼は上がってこない。

「あれ、アイツ上がってこねーな」
「まだ潜ってるんじゃないか?」
「逆に俺らのことを驚かせようとしてるんじゃないか」
「本当はアイツ、泳げるんじゃないか?」
なんて言いながら皆は待っていた。

ところがいくら待っても彼は上がってこない。
心配になった皆は辺りを潜ってみたり探してみたりするんだけども、彼の姿は無い。

「おい、アイツ本当にいないぞ」
という話になり、皆だんだんと心配になってきた。

そんなに泳げるやつじゃないですし、飛び込んだ瞬間を皆が見ているんだから、急に居なくなるはず無いんだ。

「おい、アイツ居ないぞ」
と、皆辺りをグルグルと探していた。

「おい、アイツ俺らのことを驚かせようとしているんじゃないか」
と思っていたんですが、いっこうに彼は出てこない。
驚かせようったってものにはタイミングというものがありますからね。
驚かすようなタイミングを過ぎても彼は出てこない。

これ洒落にならねぇなと思っていたんですけど、そうこうしているうちに時間が経っちゃった。
何しろ本人が居ないんでどうしようもなんないんですよね。
それで若くて皆考えが至らないですから、何だかんだで彼を探すのをやめて、遊び始めちゃったんです。
と、そうしましたら向こうの方でワイワイ大人たちが騒いでいるって言うんです。

「おい、何かあるぞ。あっちに行ってみようぜ」
と皆でワイワイ騒ぎながら行ってみた。

そうしましたら、向こうの方で
「おい死体だ! 死体が上がったぞ!」
とがなっている声がする。

みんな怖い半分、見たい半分なんですが、彼らは若いですからやはり見たい気持ちが勝っちゃうんですよね。
単純に死体ってどんなもんなんだろうと思ったそうです。
それで人だかりの中をくぐって皆で中をひょいと覗いてみた。
そして驚いた。

それは自分たちと一緒に来たさっき突き落として飛び込んだ、その友達だったんですよ。
途端に面白半分だった気持ちが変わっちゃった。

家族に言わなければならない。
どうして死んだのか調べないといけない。
警察は来る。

もう大騒ぎですよね。
それでその日一日みんなでてんやわんやして、
「大変なことになっちゃったなぁ、あんなことするんじゃなかったな」
そうやって皆で話をしていた。

でも誰か一人の責任ということもないし、何かできることは無いだろうかという話になった時に店長さんが
「俺、飛び込む時の写真を撮ってたから、せめてこれを現像して引き伸ばして、家族の人に見せてあげようか」
と言った。

「でも最後の写真というのもあんまりいい気持ちしないんじゃないかな」
「だけどアイツが生きていた最後の写真ってこれしかないぞ」
「じゃあお前が責任持って写真屋に持って行けよな」
「分かった、今から俺、これを写真屋に持って行くよ」

それで店長さんは写真屋さんに持っていって、
「事情を説明して友達の家族にこの写真を渡したいからすみませんけどこの写真を引き伸ばして、こういう形にしてくれませんか」とお願いした。

写真屋さんは「そういう事情ならば」と引き受けてくれた。
それで写真が出来上がる頃に彼はもう一度写真屋さんに行ったわけです。

「ごめんください。写真をお願いした者なんですが」
そういうと、写真屋さんはなんとも言えない顔をしてこう言った。

「これは亡くなられた方の写真で、親族の方にお渡しする写真なんですよね・・・?
 この写真は親族の方にはお見せにならないほうがいいです」

「どういう写真なんですか? 見せてください。
 写すのに失敗していたんですか?」

「いや、申し訳ないけども、この写真はあなたにも見せたくない」

「失敗したんですか?」

「いや、失敗ではないんだけども私も長いこと写真の仕事をしているけども、こういうことってたまにある。
 だけどあなたはまだ若いんだから、こういう写真は見ないほうがいいんです」

「なんで見ちゃいけないんですか?」

「それは申し上げられません。
 なにしろこちらの写真は、決して見ていいものではありませんから。
 あなたも見ないほうがいいですし、家族の方には決して見せないほうがいいです」

「少し待って下さい、一緒に撮った仲間とも相談しますから」

それで仲間を集め、写真屋の親父と話したことを伝えた。
そうしたら仲間の皆は

「なんだよそれ、俺達が撮った写真じゃないか」
「写真屋の親父に駄目だと言われる筋合いは無いよ」
「その写真もらってこいよ」
という話になった。

でも彼に言わせれば写真屋の親父は意地悪をしたり、ふざけてそんなことを言っている目じゃないって言うんです。
かなり何かを恐れているような、真剣に自分たちを諭してくれているような、そんな目だったと言うんです。
だからその場で無理にでも受け取ろうという気にならなかったと彼は言ってました。

でも仲間はみんなそんなこと分からないわけだから、写真を取りに行け、取りに行けと強く言います。
それで彼はしぶしぶながらももう一度写真屋に行ったわけです。

それでその写真屋の親父さんに
「申し訳ありません、一度帰りましたが皆で話し合った結果、やっぱり写真は家族の方に渡してあげようと。
 どういう写真であれ、最後の写真なら渡してあげようと、それが一番いいからということになったんです」

「・・・分かりました。
 でもいいですか、絶対にこの写真を見ても、この写真の中にある世界にあなた達がとりこまれてしまわないように、
 出来れば見た後は忘れて下さい。
 私はやっぱり見ることは勧めませんけどね・・・」
と言いながら、ついに写真をわたしてくれた。

それで彼は写真を受け取り、仲間のもとに戻ってから中を見た。

引き伸ばされた写真には岩場があり、立泳ぎをしている仲間の頭がいくつも見えている。
これは皆が泳げないそいつが落ちてきた時に何かあったら助けようとしているところですよね。
それでシャッターチャンスとしては、飛び込む瞬間を撮ったはずなんだけども、
やっぱり自分は素人だからシャッターチャンスというのは思ったより遅いんですよね。
既に飛び込む彼の体は斜めに落っこちているところなんです。
殆ど真下を向いて落っこちているところなんです。
彼は落とされたと言っても、ちゃんと飛び込みの格好をしていたそうですよ。

彼が飛び込んで落ちるであろう湖の位置、その周りに立ち泳ぎをしている頭がぽんぽんぽんとありますよね。
その跳び込むであろう位置のところ、それを見て皆は驚いた。

彼が飛び込む位置のところに膝から上の女が出ていて、手を差し伸べているって言うんです。
その女が手を差し伸べたところと、飛び込んでくる彼の手のところがピッタリとくっつこうとしている。
そんな女、写真を撮るときにはいなかったんですよ?
なのに女の頭が出ていて、手を差し伸べているって言うんです。

「稲川さん、確かに白い女が手を差し伸べている様子が写っていたんです」
それで皆はその時こう思ったそうです。

霊ってこんなに速いのかなって。
あいつを引っ張りこんで、隣の入江に持っていっちゃったのかな。
そう言っていました。

「でも稲川さん、これ本当の話なんですよ。
 写真の行方は今はわからないですけども、これは自分や仲間が本当に体験した話なんです」
そう言ってましたね。

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