夜間撮影

静岡県の山裾にある原生林で、深夜にドラマの撮影が行われたんですがね。
夜中になると流石に疲れと眠気が襲ってくる。
そこで照明の設定が変わるんで、しばしの休憩に入った。
それで出演者の若手の女優さんで、仮に美香さんとでもしておきましょうかね。
彼女がスタッフに断ってロケバスに休みに行ったんですよね。

季節はまだ春浅いまだ4月の初め。
原生林の中はひやっと冷えている。
やがて、木々の間にバスが見えてきたんですが、車内に灯りがないところを見ると、もう皆休んでいるんでしょう。
そしてロケバスの近くまで行って、そっと扉を開けて中に乗り込んだ。
窓からはうっすらとした星明かりが差し込んでいて、もう中には何人か乗っている。
あちこちから寝息が聴こえてくる。
美香さんは空いている席を見つけると、座って目を瞑って背もたれを少し倒した。

と、

うぅぅううう・・・うぅぅぅううううう・・・

うめき声が聴こえてきた。

(随分苦しそうだな・・・)

声は一人からではなく、あちこちから聴こえてくる。
寝息じゃない。
苦しそうなうめき声なんですよね。
と、後ろから

「苦しい・・・苦しい・・・」

女の声がする。

(えっ・・・この人達は違う・・・。撮影の人たちじゃない・・・)

考えてみれば原生林の中にそんな人達がいるわけない。

(この人達は・・・生きている人間じゃない・・・!)

そう思った瞬間、ゾーッとした。
咄嗟に逃げようとするんだけども体が動かない。

(どうしよう・・・どうしよう・・・)

必死に目をつぶるんですが、苦しそうな声は聴こえてくる。

(助けてください・・・助けてください・・・)

そう美香さんは必死に祈る。
汗が全身から噴き出してくる。
体中の血が引いてゾクゾクしてきた。

と、ふいに背もたれを捕まれ、後ろにグイッと引っ張られた。
体が仰け反り、思わず目を開けてしまった。
途端に頭の先から、黒い髪の毛が自分に覆いかぶさったので、思わず悲鳴を上げた。

それは顔中が血に染まった女の顔だったそうです。

一方その撮影現場の方ですが、音声さんがヘッドホンを耳に当てながら妙な顔をしている。
スタッフの人が来たもんだから聞いてみた。

「ねぇ美香ちゃんさ、ピンマイク付けたまま何処に行ったの?」
「えっ、ロケバスじゃないか?」
「いや・・・これ何かおかしな音がするんだ。彼女の声はしないんだけども」

ヘッドホンを受け取ったスタッフのAさんは、ヘッドホンを耳にあてて聴いてみた。
途端にAさんの顔色が変わった。

「おい、なんだよこれ」

そしてすぐにロケバスに行ってみた。
ところがそこに美香さんの姿は無い。
辺りを探してみると黒い木々の向こうにバスが見えた。
でもこの辺りというのは壊れたトラックや車が放置されている。
恐らくそういった類のものだとは思ったんですが、なんだか気になったんで行ってみた。

そして懐中電灯で窓からフッと中を照らしてみた。
その瞬間・・・「うっ」と思わず声を上げた。

真っ暗な車内に人の顔が見えた。
原生林の中の放置されたバス。
その中に人影が見えたんで、ドキッとしたわけだ。
入り口までやってきて扉を開けて喋りかけた。

「おい、誰か居るのか!?」

そう言いながら灯りを向けた。
黒い車内の中、座席に座って気を失っている美香さんが居たそうです。
どうやら彼女はロケバスと間違えて、放置された事故車に乗ってしまったようなんですよね。

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