亡霊屋敷

場所ははっきりとは言えないんですけど、東京の市ヶ谷のちょっと奥だと思って下さい。
今はもうあのへんも随分と変わってしまいましたが、私が芸能界に入りたての頃はまだあのへんに大きなお屋敷がいくつもありましたよ。
そんな屋敷の中に一軒だけ塀の壊れた大きな屋敷があったんですよ。
たまたまその屋敷の近くにある大学の卒業生4人が何かの機会にみんな集まったんですよ。
みんな独り者。

それで懐かしい店で皆で飲んで盛り上がって、「じゃあ次はあっちの店に行ってみよう」なんて言ってね。
みんなで一杯やりながら楽しんでいたんですよ。
それで、そのまま飲んで帰ればいいんだけども、みんなしばらくぶりに会ったんで嬉しいんだな。
なかなか帰る気にならなくて、みんなであっち行ったりこっち行ったりとしていた。
それでかなりみんな酔っ払ってきちゃった。
そうしているうちにそのうちの一人が、
「おいまずいよ、こんな時間だよ。このままじゃ電車無くなっちゃうぞ」と言った。

でもやっぱりみんな帰りたくないんですね。
「いいよ、もう一軒だけ寄ろうよ」
そうしたら近くに屋台があったんでそこでまた一杯やってたんです。

そうしているうちに、時間はもう終電近くになっている。

「おいまずいよ、本当に電車無くなっちゃうよ。もう行こうぜ」
「そうだな」

皆で屋台を出たら雨がポツポツと降り始めた。

「おい、雨降ってきちゃったな、参ったな。駅まで走ろうか」
それで皆で走り始めた。

学生時代にいつも通っていた道。
知っている街だから迷うはずなんてないんだけども、どうもいつもと道が違う。
なんだか分からないんだけどもいつもの道じゃないんだ。

「おい、なんだか変だな。知らない道だぞ」

そう言いながらも四人は連れ立って走って行く。
そうしているうちに雨は本降りになってきた。

「おい、雨本降りになってきちゃったぞ。どうするよ」
雨は降ってくるし、道は分かんないし、みんな参っちゃった。
何故か知っている街なのに、知っている道が出てこない。

「おかしいな・・・このへんでいつもの道に出るはずなのに・・・」
そう考えているのに、知っている道は出てこない。

そうしたら一人が先頭に出て走っていこうとするんで

「おい、何処に行くんだよ」
「濡れないとこ行こうぜ、濡れないとこ」
そう言って走って先に行ってしまった。
皆も雨に濡れたくないもんだからそいつの後を着いていった。

そうしたら先頭を走っていた彼が、ひょいと大きな屋敷の中に入っていった。
壊れた塀のところに立入禁止と書かれた看板がついている。
でも先頭の彼はそんなの気にしないで入っていってしまう。
それで皆も「おいまずいよ」と言いながらも着いていきその玄関の軒先に皆入っていった。

「おい、しばらくここで待とうや」

夜ですから、あたりはもう暗いですよ。
そこを雨がザーッと降っている。
それで四人で庇の下に立っていた。

「お前さ、いいのか? 立入禁止って書いてたぞ。勝手に入っちゃまずいんじゃないか?」
「大丈夫だよ。ここはどうせ空き家だよ。どう見たって人なんて住んでいないじゃないか。ボロボロだぞ」

みんな酔っ払っているから適当な事を言って雨宿りしている。
と、一番初めに走っていった奴がガタガタガタガタとドアを開けようとし始めた。

「おい、お前何やってんだよ」
「こんな軒先に立ってようが中に入っていようが関係ないよ」
「やめろよ、お前これ家宅侵入だぞ。まずいって」
「かまやしないよ。どうせ中には何も無いだろうし、こっちは泥棒なわけじゃないんだから」

そうこうしているうちにドアが開いちゃったんだ。

「大丈夫か?」
「うん、入ろうぜ」

それで皆で中に入っちゃった。
それで一人がライターを付けてみた。
辺りを照らすと家の中が埃っぽくてね、土は落ちているわ、物は転がっているわですごく汚い状況。

「なんか汚ぇなぁ」

誰かが何かを食い散らかしたような跡もある。
きっと自分たちのように入り込んだ人がいるんでしょうね。
それで玄関を入っていき次の玄関を開けてみたら、やっぱり畳は汚いしボロボロ。

「汚ぇなぁほんとに」

そうこうしているうちに、ライターがフッと消えた。
そして辺りは真っ暗になった。
それでまたライターをつけて次のドアを開けた。

やっぱりそこも汚い部屋だった。

「おい、もう何処行ったって汚いんだから、玄関先にいようや」
「大丈夫だよ」

そう言ってまた次のドアを開けてライターをつけると、そこは綺麗な部屋だった。

「おい、綺麗な部屋じゃないか。もうこの部屋で休もうぜ」

そう言って皆で休んでいた。
皆座って、疲れているんで会話は無い。

「おい、それにしてもこの部屋綺麗だな。お前の部屋より綺麗じゃないか。
 お前これ・・・もしかしたらこの部屋に誰か住んでいるんじゃないか? ここだけ綺麗なんだから」
「他の部屋は汚いのに、どうしてこの部屋だけ綺麗なんだろう?」
「そうだよな、やけにこの部屋だけ綺麗だよな」

するとまたライターが消える。
しばらくするとまた誰かがライターを付ける。
付けっぱなしだったら熱くなっちゃいますからね。
ライターが消えると真っ暗な闇になる。

外はまだ雨が強く降っている。
「おい、ずいぶん雨が強くなってきちゃったな。これだと帰れないじゃないか。弱ったな・・・」

それでまた一人がライターをつけると、向かいに座っていた奴が何とも言えない顔をした。
何だこいつ、何を見ているんだとライターを付けた奴は思った。
向かいに座っている奴は何も言わず震えている。

「おい、お前どうしたんだよ」
「・・・いや」

そうしているうちにまたライターは消えた。
ただ、向かいの奴の荒い息遣いだけが聴こえる。
それでまたライターが消えて誰かが付ける。
皆の顔がフワーッと浮かび上がる。
ところが今度は横にいる奴がなんとも言えない顔をしている。
ジーっと一点を見て震えている。

そのうちにライターがフッと消えた。

「・・・おい、出よう。ここ出ようぜ」
「何言ってんだよ、まだ来たばかりじゃないか。もうちょっと居ようよ」
「・・・そうじゃない、ここから出なきゃいけないんだ」

そう言い合っていたら横の奴も
「おい・・・出るぞ」
と言った。

「何でだよ?」
「ここから出なきゃいけないんだ。出るぞ!」

そう言ってそいつは飛び出していった。

「おいなんだよ、待てよ!」
「いいから早くここから出るんだ!」

すごい形相ですごい勢いなんだ。
皆が「待てよ」と言ってるのを聞かずにそいつは「いいから早く!!」と言って走って行く。

しょうがないから皆も走って着いていく。

「一体何なんだよ?」

そうしていると、一人が廊下にあった何かに躓き、床にバタンと倒れ込んだ。
立入禁止のロープ。
警視庁という字が入っている。

「なんだこれ、警察のものじゃないか!」

それに気づいて皆は外に飛び出した。
先頭を行く奴はどんどん走って行く。

「おいお前、何でそんなに走って逃げるんだよ」
「お前見えなかったのか? お前がライターを付ける度に、あの部屋にもう一人いたんだよ。背中を向けてな」
「何だそれ?」
「お前さ、今のロープ見ただろ。古いものだったけど。・・・覚えてないかよ? 学生の頃に死体が上がった部屋があっただろ。
 長いこと埋まってたやつ。・・・あれ、あそこじゃないか?」

後ろを振り返ると自分たちが居た部屋から微かに灯りが漏れていたそうです。
それを見て、「あれ絶対人魂だろうな・・・」と言ったそうです。

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