猫ってなんだか不思議な感じがしますよね。犬とは確かに違う存在なんだ。

昔は猫っていうのはね、自分の死んだ姿を見せないですとかね、歳をとるとどこかへ姿を消してしまう、なんて話しもよくしましたしね。
かつてはヨーロッパでも猫は怖いんじゃないかという話があって、そんなところから猫を随分殺してしまったんで、
コレラになったっていう話しもある位でね。

どうも猫っていうのは、人間が妙に意識をしているというかね。
そういう意味でいうならば、怖い存在であるのかもしれないですがね。

何年か前になりますがね、私ある昼の番組に出演したんです。これは、デザインの内容の事だったんですが。
それで控室に行きましたらね、若手のスタッフが来て、「稲川さん、僕怪談の話しを持っているんです。」って言うんです。

「ああ、そう。どんな話し?」って聞いたらば、
「実はそれ、猫の話しなんです。」って言うんです。

今どき猫の話しなんて面白いなあと思ったんで、「どんな話し?」って聞いたんですよ。

彼は地方の出身の方なんですが、たまたま実家に帰ってた。
それで実家でゴロンと横になっていたら、遠くで猫の声がする。
その鳴き声がだんだんと大きくなってくる。わりと家の近くで鳴いているらしい。

それが、ずーっと鳴いているもんだから、なんだか気になってた。
自分の実家にも猫はいるんですが、どうやら自分の家の猫の鳴き声じゃないらしいだ。

それで、気になったから外に出て見てみた。
外はっていうと、自分の家があって、垣根があって、そのむこうに神社の蔵がある。
この蔵っていうのは、神社のお祭りやなんかの時に使う神輿なんかをいれている蔵なんだそうですよ。

その蔵のところで、どこかの野良猫が、「ニャーニャーニャー」としきりに鳴いてる。
その鳴き方が異様だって言うんですよ。だから、何だろう?って思った。

それで、しばらく様子を見てたっていうんです。
と、蔵の中から、「ミャーミャー」と子猫の鳴き声がする。

それで、子猫が蔵の中に入って出られなくなってしまったもんだから、
自分が入れない母猫が、子猫を呼んで鳴いているんだなと思った。

しばらく見ているんだけど、いっこうに母猫は鳴きやまない。
どうやら子猫が出てこれないらしいんですね。

その鳴き声があんまりうるさいもんだからね、うるさい猫だなあと思ってね。
助けてやるのも面倒だから、そのまま放っておいた。

猫は、ずっと鳴いている。
それで、蔵の前を通ると、母猫がこっちを見て鳴くんだそうですよ。
お願いだからうちの子猫を出してくれないかしら?というような状況だったそうですよ。

でもね、彼は面倒だったし、野良猫を助けてもどうしようもない。
誰か助けるだろうと思って、そのまま放っておいた。

なおも母猫は鳴いているし、たまに子猫の鳴き声もする。

入ったのなら出られるに違いないんだから、もういいや、そのままにしておこうと彼は思った。
相変わらず猫はずっと鳴いている。

ところが、夕方になったら、この猫の鳴き声がぴたっと止んだっていうんですね。
だから、子猫はどうやら出られたんだなと思ってた。

それで、その夜なんですがね、彼は布団に寝ていた。と、なんだか胸苦しい。
なんだろう?と思って見ると、何かが自分の上に載っている。
その載っているものの目が光ったんで、ドキッとした。よく見ると猫だ。

あら?と思ったら、それは自分の家の猫じゃないっていうんですよ。
どこの猫だろう?外から野良猫が入ってきちゃったのかな?戸締まりしたのにおかしいなあと思いながらも、
気持ち悪いから、「しっし」と追い払おうとすると、それは昼間鳴いていた母猫なんですよね。

おいよせよ…なんでこいつ俺の上に載ってるんだ?
なんとか追い払おうとするんですが、どうにもどかないし、自分の体が固まって動かない。

猫はジーッとこっちを見てる。
そして、ニャーっと鳴いて、そして居なくなった…

びっくりした…
自分の家の猫はいいけど、他所の猫はどうも嫌だなあ…そんな事を考えて、その日はまた眠ったんです。

そして翌朝、どこから入ったのか確かめてやろうと思ってね、あちこち見るんだけども、
どこも戸締まりはしっかりしていて、猫が入ってくるような隙間はない。

おかしいな…と思いながら、戸を開ける。その時に、あれっと思った。
自分の家で飼っている姿がないんですよ。

なんであいつの姿がないんだろう?
家族みんなで探したんだけども、やっぱり見つからない。
とうとう、その日以来、家の猫は帰ってこなかったそうですよ。

それからだいぶ日が過ぎた。
そして神社のお祭りの時期になったんで、神社の蔵からお神輿を出すわけですよ。
近所の人がみんな集まってくる。

たまたま彼も実家に帰っていたもんですから、お神輿を見に行こうと蔵の所へ行ってみた。
人がたくさん集まっていてね、蔵からお神輿が出されるわけだ。

その時、「ん?なんだおい…」と、たくさんの人の中から声がした。
蔵の隅に、子猫の死骸があったそうですよ。

子猫は出てこれなかったんですね。結果的には。
あの時に、母猫が自分の上にのって、切ないような怒ったような声で鳴いてジーッと見ていたのは、
子猫を助けなかった自分への、悔しさを表していたんじゃないだろうか…その時に、彼はそう思ったそうですよ。

それで、うちの猫はそれに付き合って、なんて情のない飼い主なんだろうと思ってね。
家から居なくなったんじゃないだろうか…

「稲川さん、猫って妙に利口ですよね。そしてあの目ってなんだか怖いですよね。
猫が鳴くと、ふっと思う時があるんですよ。猫が自分の上にのっているんじゃないかってね…」
そんな話しを、若手のスタッフが話してくれましたよ。

どうやら猫には、不思議な力があるようですよね。
人間とこんなに長い付き合いがあっても、その向こうには、我々が入れないような、
そんな不思議で、ちょっと怖い世界を持っているようですよね。

それだけにまた、魅力的なのかもしれないですね。

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