蓼科高原の帰り

一頃なんですが、事務所のスタッフや親しい仲間を連れて、よく蓼科高原に行っていたんです。
というのも、学生時代から仲の良い先輩が、そちらに山荘をもっている事もあって、その人の友達が随分いるんですよね。
そんな関係で、安くで良いペンションをかしてもらっていたんです。

そんなある時なんですけど、私ちょうど大阪の番組のレギュラーになって、蓼科高原から途中で大阪に行かなきゃいけなくなった。
他のみんなは残ってるんですよ。私だけが大阪へ行くんです。

それで、私のところの若手のスタッフに
「ちょっと悪いけど、茅野駅まで送ってくれないか?」
とお願いして車で送ってもらったんです。

駅に向かう途中ですごい雨になって、車の中に居てもうるさい位に雨が降ってる。
ワイパーを動かしても前が見えないんですよ。
まるで、水の中を走ってるような感じでね。

「おい頼むぞ。途中で車落っこちたりしたら大変だからな。まだ死にたくないからな。」
「はい。大丈夫です。」
「こういう時はろくな事がないんだよな…何かあるんじゃないか?」
「やめて下さいよ。」
そんな冗談を言いながら車を走らせて、無事に駅に着いたんですよね。

駅に着いた頃には雨もだいぶ小降りになってましてね。
まあ、麓と山の上のほうじゃ随分と天候も違いますからね。

それで車を降りて、階段を登ると連絡通路になっているんですよね。
途中で切符を買って、スタッフに見送られて、また階段を降りるとホームなんですよ。

ホームを歩いて行くと、私のところの車が見えるんですよ。赤い車が止まってる。
なんとはなく、見るとはなく、自分のところの車を見てたんですよ。

そうするとね、おかしいんです。車の後部座席に影が映るんです。はっきりとした人影があるんですよね。
でも、周りに人影はないんですよ。影が車の窓に写り込んでるわけじゃないんだ。

車の中に人が乗ってるんだ。誰が乗ってるんだろう?と思った。
というのも、私のところの若手スタッフは、私を連絡通路の所で見送ってますから、車に戻るまでに時間がかかるんですよ。
確かに鍵をかけて降りたはずなのに、もう誰かが乗ってるんです。

(え?おかしいな‥誰だろう?)
そう思いながら、車を見てたんです。

と、うちのところのスタッフが、若い女の子を連れてニコニコ笑いながらやってくるんです。
(あいつふざけたヤツだな…私を送るふりして、ちゃっかり彼女と待ち合わせしてやがるな。帰ったら言ってやろう)
そう思ってるうちに、二人は車へ乗り込んだ。
乗り込んだ二人は、ちゃんと顔も服も見えてるんですよ。表情も見える。
で、その二人の間に後部座席の黒いシルエットが入り込んで、何かを話してる。
それで、そうこうしているうちに車は走って行っちゃった。

私はそのまま大阪へ行って仕事が終わったんですよね。
それで泊まりがあって、東京へ帰ってきたんですよ。

その次の日位だったかな?スタッフのみんなも蓼科高原から帰ってきたんです。
で、その若いスタッフも居たんで言ってやったんです。

「お前うまい事やってくれたな?人をだますような事をして」
「え?何の事ですか?」
「なんですかじゃないよ。彼女呼んでただろ?」
「え、わかりましたか?」
「わかってるよ。なんだよおい、人を送るふりして。」
なんの事はないんですよね。全部払いは私なんですから。

「本当調子のいいやつだなあ…お前は。で、あの女の子は誰なんだ?」
「いや、知ってる子ですよ。前に稲川さんにも紹介した子ですよ…」
「ああ、そう。で、誰と誰?」
「えーと、○○です。」
「もう一人は?」
「え?彼女一人ですよ…」
「いや、もう一人いただろ?車の中に。」
「え?居ませんよ…彼女一人だけですよ。」
「嘘言うなよ。お前ら二人が車に乗る前に、もう先に一人入ってたろ?」
「やめて下さいよ…そんな人いませんよ…」
「いや本当だよ。居たって。」

私も真剣で、向こうも真剣ですからね。
これ以上話してもどうしようもないと思ってね、私その話しをそこでやめちゃったんです。

ところが、それからしばらくしてから彼が来てね、
「いやあ…ひどいですよ…稲川さん…」
「何が?」
「稲川さんのせいで、もう彼女会ってくれませんよ…」
「え?なんだよ。人のせいにするなよ。何があったんだよ?」

それで話しを聞くと、その話しをこの間の彼女にしたんだそうです。
そうすると、彼女は真っ青になって体を震わせて泣いちゃった。

どういう事かと聞くと、実は茅野駅で友達と落ち合って、それからうちの若手のスタッフと会って、蓼科高原へ行く予定だった。
でも、彼女の友達から連絡が来なかったんで、彼女は一人だけ蓼科高原へ遊びに行った。

蓼科高原へついて後で友達に電話をしたらば、来る途中に交通事故にあって病院へ入ったという話しだった。
心配には思ったけれど、そのまま蓼科高原で彼女は遊んで帰った。

でも、帰ってみたらば、そうじゃなかったんですね。友達は事故で死んでたんですよ。
それも、茅野駅に来る途中で事故にあって亡くなってるんですよね。

「稲川さんの話しって絶対本当ですよね?」
「ああ、嘘なんて言ったってしょうがないだろ?」
「じゃあ、やっぱり友達は来ていたんですね…よっぽど来たかったんでしょうね…」

どうやら一緒に来る予定だった女の子、来たい気持ちはあったけれど、行けなくなったんで、
その魂だけが遊びに来たのかもしれませんね。

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