キュルキュル

64 :和蝋燭:2006/08/11(金) 22:23:25 ID:tEekR7BT0
これは中学のとき国語の先生から聞いた話。その先生も怖がりだけど怖い話が好きって人で、 
よく余った時間に怖い話をしていた。今はもう殆どは思い出せないんだけど、何個か覚えてて、 
「友達の友達から又聞きした話」っていう話。それを特に覚えてる。 

ある三人の仲の良い大学生が、夏に伊豆か何処か…泳げるに所に何日か旅行に行った。 
一日目、海はとても楽しくて、あっと言う間に時間が経った。三人、旅館に戻ったらへとへとで、 
部屋で食べる晩御飯が準備されるのを待ってた。ああいうものは準備が始まってから終わるまで、 
結構時間かかる。頼んだのは少なめの刺身とすき焼きで、だから余計に時間が掛かった。 
そのうちの一人は、食欲が旺盛な奴で、まだかまだかと、割り箸を既に割って待っていた。 
それで、準備が終わってやっと食える!というときにそいつの携帯が鳴ったんだ。 
普通はさあ食うぞって時に電話鳴ったら嫌だろう。そいつも嫌な顔して振り返って、でも無視しようとした。 
でも他の二人が、食べるのは待ってるから、出たほうが良いと言う。そうして、そいつは渋々電話に出た。 
はい?と電話取って、聞き取りにくいのか、もしもし?って何度も繰り返す。 
すると段々機嫌が悪くなってきて、しまいには何かを怒鳴って電話を切った。 

どうしたんだ、と二人が聞くと、女の声で、「あなた、『キュルキュル』の?」って繰り返されたんだと答えた。 
その『キュルキュル』と言うところは、早送りにしているようで、なんと言っているのかわからず、 
同じ事ばっかり聞くからきっとテープか何かでイタズラされていると思ったらしい。 
なんにせよタダのイタズラだ、ということになった。楽しく鍋と刺身を食べて、疲れてたからすぐ寝てしまった。 
でもそいつは、次の日に溺れて死んだ。プカプカ浮かんでて、二人は最初、正直ありえないと思った。 
そいつからは、水泳を子供の頃から10年近くやってて、泳ぐのやめてからも50メートルでは36秒位は楽勝だと聞いていた。 
遠泳も記録を聞く限りそれなりだったし、手足が攣っても呼吸ができるとも聞いていた。 
それで、残った二人は予定を早めて帰る事にした。当然だ。人が死んだのに旅行なんかが楽しめる訳がない。 
帰って数日後には葬式があった。でもそのときに、二人は、そいつが溺死じゃなくてショック死だと聞いた。 
考えたらわかることだった。溺れるなら、肺に水が入って沈む。でも、浮いてたんだから肺に空気が入ってる。 
二人はこういう話をそいつから会話の中で聞いていた。必ず当てはまる訳ではないことだが…とも聞いていた。 
でも、林の川のような場所ならまだしも、海でショック死?二人は揃って不自然だと思った。 
しかし、自分が考えても仕方ないと思ったのと、恐ろしい死に顔を思い出して、ただ心の底からひたすらに冥福を祈った。 

また数日経って、旅行に一緒に言った一人から、電話があった。声は掠れ、まるで一気に老人になったようだった。 
どうしたのかと慌てて聞くと、自分のところにも電話が掛かって来たという。一瞬なんのことかと思ったが、 
すぐに、旅行中死んだやつが出た電話に思い当たった。掛かって来た電話の内容を注意して聞くと、 
6つのことがわかった。おそらくはショック死の発端は電話にあること、自分にもその電話が掛かって来たこと、 
自分は恐ろしさのあまりに電話を切ってしまったこと、そしてそのせいで自分も死ぬであろうということと、 
きっとお前にも電話は来るだろうということ、そして早送りの様な『キュルキュル』に鍵があるであろうこと。 
彼は怖い話が好きで、夏にもなればいつも話していた。だからそこまで思い至ったのだろう。 
それを聴いた男も、いつもなら笑い飛ばすところだったが、人の死と、数日でしゃがれた声、 
そのふたつの現実を前にすっかり信じた。しかし、それを信じるなら彼は死んでしまう。彼の元へ行くというが、 
彼は老人のような声で、どうせ助からないから、お前は電話に出られる準備をしておけ、と言った。 
それでも男は言うことを聞こうとしないが、彼は、『キュルキュル』を最後まで聞いて、 
そしてまたあの世で会うことがあったら土産に聞かせてくれ、と言った。そう言われて、その男は従った。 
彼がどうしても助からないことを、なんとなくではあるが感じ、また、正直に言うと男も命が惜しかった。 
そうして、家でじっと過ごした。次の日の夜には彼が死んだと親から携帯にメールがあった。 
交通事故だったようで、見ていた人の話では、道のずっと向こうから走ってきて道路に飛び出し、撥ねられたそうだった。 
近く葬式をするから来てほしいという内容で閉め括られていた。男はしばらく画面をじっと見続けていた。 

電話が掛かって来た。 

突然の事に男は驚き、思わず携帯を取り落とした。電話に出なくてはと思うが、手は震え、携帯に触れることができない。 
それでも男は必死に手に取ったが、今度はボタンを押すことができない。指を当てる。ほんの少しの力で押せる。 
ここで出なければどうねるのか?それを考えれば身が凍り、電話への恐怖には手が震えた。 
頭が恐怖に真っ白になりかけたとき、電話が、ピッ、と軽い電子音を立てた。はっと驚き画面を見つめる。 
そこには通話中、と表示されていた。強い震えのせいか、または何かの力か、ボタンは押されていた。 
後は耳にあてるだけ。男は一瞬動けなかったが、そのときに、電話を切ってしまった、という言葉が頭に響いた。 
彼は電話を切って死んでしまった。ならば電話が切れる前に出なくてはいけないのでは… 
新しい恐怖が湧いた。すると電話を持った男の腕は、死への恐怖が勝ったのか、ゆっくりと耳へと当てられた。 
そうして、搾り出すように、もしもし、と一言発した。電話の相手は答えた。 

「あなた、『キュルキュル』の?」 

男は、何も答えられなかった。答え様がなかった。黙っていると、電話の相手は続ける。 

「あなた、『キュルキュル』の?」「あなた、『キュルキュル』の?」「あなた、『キュルキュル』の?」 

何度も聞いているうちに男の恐怖が爆発したのか、相手に叫ぶ。何が言いたいのか。何か答えてくれ。 
頼むからやめてくれ。俺を殺さないでくれ。大別すればおそらくはそんな内容だった。 
電話の相手はただ同じ内容を繰り返し、男も叫び続けた。何時間も何時間も聞き続け、 
とうとう朝になってしまった。そのころには男の顔は涙と鼻水でくしゃくしゃで、 
それでも枯れた涙声で相手に聞き続けていた。ずっと叫び続けていたせいか、咳が出て、 
なかなか止まらず咳き込み、叫ぶのをやめて呼吸を正そうとした。そして男はあることに気がついた。 
今まで早送りのようで何を言っているのかわからなかった『キュルキュル』が、ゆっくりになっている。 
耳を傾けていると、またゆっくりになった。男は凍りつき、呼吸するのも忘れて聞き入った。 
だんだんと遅くなっていく。まだ何をいっているかわからないが、『い』だと聞き取れた。 
また遅くなった。今度は『に』と聞こえた。まだ遅くなる。『た』と聞き取れる。 
次第に遅くなるが、まだ全体が聞き取れない。どうやらそんなに長い言葉ではないようだ。 
手が汗でべとべとし、反対に喉はからからで張り付く。必死に聞き耳をたてる。 
もう一度で聞き取れるかもしれない。それはすぐだったが、喋るまでの間が長く感じた。 

「あなた、死にたいの?」 

男は凍りつき、返事をできなかった。電話は最後に喋ったあとに切れており、返事をする暇はなかった。 
そのことを考えると、どうやら助かったようだった。男は緊張の糸が切れ、後ろに倒れこんだ。 
葬式にいかなければならないことを思い出したり、海で死んだやつが、最後に何か怒鳴っていたことを、 
何らかの肯定を返してしまったのかもしれないと考えたりと、しばらく倒れこんで 
考え事をして、そのうち意識が薄れて眠り込んでしまった。 

聞いた内容はここで終わり。丁度授業が終わって、それでもうこの話をすることはなかった。 
ひょっとしたら続きがあったかもしれない。最後の一言までに、言っていることに気付いて 
返事をしなければならなかったのかも知れない。あるいはこのまま何も起こらなかったかもしれない。 
何にせよ、不気味な電話には迂闊な返事をしてはいけない。何が起こるかわからないから… 

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