白いベンチのあるバス停

JHARDさん  2008/05/28 14:41「怖い話投稿:ホラーテラー」
久しぶりに故郷へと帰ってきた。僕はもう三十七歳。しかも、田舎育ちだ。辺りは全然変わっていない。
道を歩いているうちになんだからわからない場所へきてしまった。
「あれぇ…迷ったかな?」
辺りを見回し、誰か人がいないか探してみるものの、誰もいない。
だんだん暗くなり、僕は坂道をのぼっていった。
十メートル先のほうに古い屋根がある。ベンチもあった。街灯もあるし、なにやらバス停と書かれていた。
「あそこでバスでも待つか」
ため息を吐き、坂道をのぼった。
古い屋根の下には白いベンチがある。そこに腰をかけると隣りに女の子が座っていた。
「わっ!」
咄嗟になって驚いた。さっきまではいなかったのに。
女の子はおかっぱ頭で、白いブラウスに赤いスカートを着ている。ちょっと大きめの下駄を履いていた。
驚いてしまった。失礼だったかな、と僕は女の子に謝った。
「ごめんよ、お嬢ちゃん。驚いかせたつもりじゃなかったんだよね…」
女の子はなにも言わない。
再び僕はベンチに座った。
隣りにいる女の子は、ずっとこちらを見ている。
「パパとママは?」
「…いない」
「一人なの?」
女の子はうなずく。
腕時計を見てみると、もう十一時半。こんなに小さな子が一人でいたら危ないじゃないか。
「お家、どこなの?」
「ここ」
「…おいおい。変なこと言う子がなぁ」
苦笑いをしなが僕は言う。
だが女の子は笑み一人見せなかった。
「ここバス停でしょ?」
「ちがうよ」
「え…バスこないの?」
うなずいた。
なんだ、それならここには用がない。僕はベンチから離れた。正面には林がある。よくよく考えてみれば、こんなところにバスがくるはずがない。
女の子はまだ僕を見ている。
「じゃあ、おじさん帰るね」
女の子はなにも言わない。
だが、女の子を一人にさせるわけにはいかない。例えここが家だとしても、親元に返さなければ。
僕は振り返った。
「おじさん、お家まで送ってあげるからおいで」
女の子はなにも答えない。
「ほら、はやく」
そう言いながら、僕は女の子の手を引っ張った。
そして、さっき通った坂道をくだっていくと、坂道に当たった。
さっき、こんな坂あったっけ。不思議に思いながらも坂道をのぼる。
古い屋根、白いベンチがある。
さっきと同じ場所だ。
「え…」
同じ場所にくるはずがない。一方通行だ。僕は走りだした。坂をくだり、またのぼった。バス停に着いた。
「そんな…どうして…」
女の子の手を握り締めながら、僕は変な緊張感にとらわれた。歩いても歩いても、バス停に着く。どうしてだ、なぜだ。
もう一時。
ずっと歩き続け、疲れた。
「どうして同じ場所にくるんだ。なんで…」
「あたしがいるから」
女の子がつぶやいた。
「え…?」
「あたしはあの古い屋根の下の白いベンチにいなくちゃいけないの」
「どうして?」
「だってあたし、あそこで死んだんだもの」
「え…」
女の子は手を離す。
そして、ベンチにちょこんと座った。
「死んだって…きみは一体…」
「あたしは五歳のとき、このベンチに捨てられたの」
「え…」
「あたしはこのバス停を住みかにしている生霊」
足が震える。
女の子の声がじょじょに低くなっていく。
「何度かこのバス停にきた人はいたけど、あたしをここから連れ出そうとした人は初めて」
女の子はジッと僕を見ている。うつろで淋しそうな目。
僕は女の子との視線が怖くて仕方なかった。
金縛りに遭い、体が動かなかった。唇が震え「あ…あぁ」としか言葉が出ない。
話を続ける女の子の口元がどこから不気味に笑んだ瞬間。
「うわあぁぁぁ!!!」
僕は逃げ出した。
坂道をくだり終えたところで石につまずき転がった。足を引きずりながらも逃げ、僕は最後に後ろを見た。
バス停のところで女の子が包丁を手にしなが笑っているのを。

――…
その後、僕は近所の人にあのバス停のことを聞いた。
何年か前にあのバス停のベンチで女の子が捨てられていたそうだ。栄養失調で亡くなり、誰にも葬ってもらえぬまま、生霊となって現れることがあるそうだ。
あそこは元々本当にバスが通っていた。バスの運転手が女の子を見つけたが、気味が悪いので放っておいたところ後ろから刺し殺されたと。
他にもいろいろとあり、あのバス停にいった人たちは僕以外、全員包丁で殺害されていたそうだ。
今はもう使われていないバス停。女の子はまだ、あそこでこちらを見ている。
僕は手を合わせ、無事天国へと向えるように、と拝んだ。

前の話へ

次の話へ