ムギ

901 :本当にあった怖い名無し :2006/03/15(水) 13:43:18 ID:BKk+Un9K0
小学生の頃、ムギという名前の茶色い雑種犬を飼っていた。
家の前をウロウロしていたのを父が拾ったのだ。その時はすでに成犬だった。

鼻の周りがうっすらと白い毛に覆われていたので老犬だったのかもしれない。
家へと続く一本道を歩いて帰ると、ムギは遠くからでも私を見分けてくれた。

出かけるときは、角に曲がった私が消えるまでじっと見つめていた。
ムギはいつも私の前をグングン歩いた。連れられていたのは私の方みたいに。

ムギが来た春からちょうど1年目に、ムギはフィラリアで倒れた。
既に心臓にも虫が入り込んでいるらしい、と両親が話しているのを聞いた。
ムギは歩けなくなり、いつも玄関に敷いた毛布の上でグッタリとしていた。
ムギは卵の黄身が大好きで、どんな時もそれだけは口にできたので、
家の冷蔵庫には卵が欠かさずにあった。いつものようにムギに黄身をやっていた。
少しずつ、美味しそうに舐めているムギの頭を優しくなでてやった。
食べ終わり、皿をさげようとすると、ムギはワンと小さい声で鳴いた。
もっと欲しい、と言っているように思えた。冷蔵庫を覗くと卵が切れている。

早く食べさせてあげたい、と私は近くのスーパーまで走った。
スーパーには舗装されていない大きな駐車場があり、そこを横切った。
すると、駐車場の端に、茶色い犬が伏せているのが見える。
垂れた耳に、反り返った長い尻尾、赤い首輪・・・ムギによく似ている。
「ムギ―!!」と呼ぶと、その犬はムギがそうするように、上目遣いで私を見た。
尻尾を2,3回振ると、身体を起こしてワンと小さく鳴いた。
どうみてもムギだ。声も仕草もムギそのもの。
犬は尻尾をパタパタと振ったあと、隣りの家の生垣に吸い込まれていった。
でも、なぜか私は動けなかった。

私は、とにかく早く家に帰りたかった。卵のパックを抱えて走った。
早く、早く大好きな卵をムギに食べさせたかった。食べさえすれば、ムギは・・・。
玄関のドアを開けると、母親がムギの身体に覆いかぶさっていた。
父親が、「ムギ、寝てると思ったら、ね」と言って私の頭を抱えてくれた。
もしかしたら、最期はひどく苦しんだのかもしれない。
誰も言わないけれど、ムギはそんな自分を妹分に見せたくなかったのかもしれない。
ムギは垂れた耳に、反り返った長い尻尾を持ち、赤い首輪をした茶色い犬だ。
寝ているところを呼ぶと、上目遣いに私を見上げて尻尾を振り、小さくワンと鳴くんだ。

居るはずのない場所に現れたと思ったら、実は亡くなってた…、
という話はよくありますね。でもあれはムギだった、と思う。

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