執念

623 本当にあった怖い名無し sage 2012/07/05(木) 00:10:28.78 ID:/fwAWn+v0 

最近、友人の様子がおかしかったんです。 

僕の仕事仲間で友人『B』は、無口だけど頼もしい男です。親友といってもいいくらい信用しています。 
いつも問題を自力で解決する男なので、最初はそれほど心配していなかったんです。 
でも、今回はそうはいきませんでした。身体は日増しに痩せていくし、会社ではグッタリと机にもたれたり、廊下をフラフラ歩いたりしていました。 

悩みか、それとも病気なのか。仕事の休憩中、それとなく聞いてみました。 
しかし「いや、それが、なんていうか……」と、かなり歯切れが悪かったんです。 

僕は語気を強め、問い詰めるように質問しました。すると、ようやく話し始めました。 
「出るんだよ。女の霊が……俺の部屋に」 
まったく予想していない話でした。 
「夜、寝苦しくて目が覚めると、暗い表情の女が枕元に座っていたり、会社から帰ると部屋がバラバラに荒らされてたり……」 
「風呂に入ってても、いきなり何かに足首をつかまれたりするし。あと、勝手にテレビがついたり。……本当に霊が居るんだよ」 
「最初は気のせいと思うくらいの現象ばかりだった。でも最近は……あいつに何をされるか、怖くて眠れないんだ」 
Bは毎日、心霊現象に悩まされているというのです。 
一通り話をして落ち着いたのか、Bの顔は少しだけ和らいだように見えました。 

僕は霊の存在を信じてはいません。少なくともこのときは。 
それでも、Bの気持ちが少しでも楽になるのなら――そう思って、しばらく僕の部屋に泊まるよう提案しました。 
すると、Bの顔が「パッ」と明るくなったんです。 
「いいのか!? 良かった! ありがとう」 
泣き出しそうな顔と、嬉しそうな顔で、Bの顔はグシャグシャになっていました。 

その日の仕事が終わり、一緒に会社を後にしました。 
Bは着替えを取りに、自宅へ行くと言います。僕はついて行こうとしましたが、断られてしまいました。 
「少しくらい、大丈夫だから」 
そう言って、トボトボと歩いて行ってしまいました。それでも、僕と話す前よりは、だいぶしっかりした足取りでした。 

帰宅の途中、スーパーで弁当やお菓子、ビールやおつまみを沢山買いました。それからコメディ映画のDVDを3枚借りました。 
とくに期限は決めていませんが、しばらくはBと生活することになります。明るく楽しくしようと思いました。 
部屋に帰り、着替えを済ますと、ゴロリと横になりました。Bが来るまで一時間はあります。 
別にかしこまる仲ではありません。「先に食べてしまおうか? それとも風呂に入ろうか?」そんなことを考えていました。 
すると、携帯が鳴りました。手にとって見ると、Bからの着信です。 

「よぉ。もうすぐ着くから」 
電話越しでBが言いました。しっかりした、張りのある声でした。 
「良かった。やはり泊まるよう言って正解だった」 
到着が随分早い気がしましたが、その時はあまり気になりませんでした。 

十分ほど経つと、チャイムが鳴りました。「来たな」と思い、玄関へ行きます。 
そして、ドアを開けようとしたとき、フト覗き穴から外を見てみたくなりました。もちろん、見なくてもBだと分かっていました。 
そっと覗いてみると、おかしい。誰もいません。 

僕は思わずニヤっとしてしまいました。実は、本来Bの性格は、こいうものなんです。仲のいい者には、お茶目な一面を見せてくれます。 
「やはり誘って良かった。機嫌が良さそうだ」改めてそう思いながらドアをあけます。きっと、開いたドアと壁の隙間に隠れるに違いありません。 
40度ほど開け、ヒョイと顔を出し、ドアの向こう側を確認しました。しかし、誰もいません。 

もっと辺りをよく確認しようと、さらにドアを開けながら、一歩、足を外に踏み出したときです。 
ドアが急に閉まりました。 
ものすごい勢いです。ドアノブから手が離れます。まだ半分しか身体を出していません。叩きつけられるような形で挟まれてしまいました。 
ドアの固いかどが胸に食い込みます。背中にも衝撃が走りました。 
それだけではありません。ドアはただ閉まったのではなく、まるで誰かに押さえられているようでした。 
しかし、いくらあたりを見回しても、ドアを押している人はどこにもいません。 
手で押し返しましたが、びくともしませんでした。ドアの力は増していきます。 

わけが分からず、挟まれたまま、何も出来ない状態でした。どんどん胸に食い込んできます。 
「誰か助けて!」 
そう大声を出そうとしました。そのときです、恐ろしいものを見てしまったのは。 
もがく僕の足元を、女の顔が、スゥーと部屋に入っていったんです。それは女の頭部だけで首から下は埋まっているように見えました。 
顔は無表情なのですが、右目と左目を交互に、上下に動かしていました。そして、長い黒髪をズルズルと引きずっていました。 

それを見た瞬間、ドアの力が緩まり、僕は開放されました。 
バランスを崩します。踏ん張って立て直したとき、またドアが閉まりました。 
「うわぁ!」 
僕はとっさに内側にかわしました。閉まった時、「バァン!」という大きな音が響きました。指を挟まれたら千切れていたと思います。 
いっきに冷や汗が吹き出てきました。息も荒くなってます。挟まれた胸はズキズキと痛んでいます。 
そして、さっき見た女の顔を思い出し、背中に悪寒が走りました。 

「あの顔、僕の部屋に入って行ったよな……」 
Bの話が頭をよぎりました。霊に悩まされている――。もしかして、今のも霊? 霊が僕の部屋に来たのか?
でもBはどこに? もうすぐ着くと電話があったのに。いったい、今、どうなってるんだ? 
疑問が頭の中を駆け巡りました。 

しかし、ゆっくり考えている暇はありませんでした。 

僕の部屋は1Kです。玄関から部屋までの通路にキッチンとユニットバスへのドアがあります。 
通路の先はそのまま部屋につながっています。 
その部屋の照明が「フッ」と消えました。唐突にです。他に照明は点いてなかったので、全部が真っ暗になってしまいました。 
あたりはシーンと静まりかえっています。 
脚がガクガク震えてきました。腰に力が入りません。喉が干上がっていくのが分かりました。 

「逃げなければ!」 
自分に言い聞かせ、勇気を振り絞りました。部屋に背を向け、ドアノブを握り、グッと力を込めました。 
しかし、ドアノブが回りません。 
もちろん、オートロックなどではありません。さっきまで開いていたのに。 
焦りました。急に頭が真っ白になりました。手も震えだし、ドアノブを上手く掴めません。 
冷たい汗が首筋を通ります。うなじの毛が逆立つのを感じました。 
それでも両手でしっかり掴むと、ガチャガチャと左右に回します。押したり引いたりしてもドアは少しも動きませんでした。 

「助けて! 誰か! 助けて!」 
今度は大声で叫びました。ドアを拳で叩きながら、何度も、何度も、叫びました。 
すると、ドアの向こうで声がしました。 
「おい! 大丈夫か!」 
Bです。Bの声でした。 
「B!? Bか! ドアが開かない! 助けてくれ! 部屋に何か居るんだ!」 
Bに助けを求めました。 
「なんだって!? 待ってろ! 今開けてやる!」 
ドアノブが勝手にガチャガチャと動きだしました。ドアもガタガタと揺れています。Bが外から開けようとしていました。 

「おい! びくともしないぞ! 鍵は!? ちゃんと開いてるのか!?」 
僕は暗闇の中、手探りで確かめました。チェーンロックはかかっていません。 
「鍵はさっきまで開いてた! 閉まってるはずないんだ! 真っ暗で何も見えない! 助けてくれ!」 
「落ち着け! いいか! 玄関の電気が点かないか試してみろ! すぐ近くだろ!」 
そう言われ、手探りでスイッチを探しました。壁を指でさぐると、よく知った出っ張りにふれました。 
「パチ……パチ……」 
ダメでした。玄関の電気は点きません。 

あたりは相変わらず真っ暗です。 
そのとき、何かヒンヤリとした風を感じました。かすかな、かすかな風です。その風は僕の顔に当たっています。 
「フー、ヒー……フー、ヒー……」 
一定のリズムで音が聞こえ、それと同時に、風を顔に感じます。 
ヒタッと何かが頬に張り付きました。ゾッとするほど冷たいそれは、すぐに『手』だとわかりました。 
その手が下にモゾモゾと動き、突然、首を掴みました。そして別の手が腕を、さらには足を掴まれました。 
どれも氷のように冷たい手です。無数の手が僕を掴んでいました。 
「フー、ヒー……フー、ヒー……」 
一定のリズムの音が、あちこちから聞こえてきます。前後から、左右から、そして、上下からも。 

部屋の方から、小さくて聞き取りにくい、女の声が聞こえてきました。 
「……ヲ……ルノヨ」 
かすかな声が聞こえました。 
「テ……ビ……ヲ……キ……ルノヨ」 
声がさっきより近くで聞こえました。 
「テク……ビ………ヲキ……ル……ノヨ」 
今度はすぐ近くで聞こえました。 

「アナタモ……テクビヲ……キルノヨ」 
最後に耳元で聞こえました。 

そして、何かが僕の手首にふれました。ヒヤっとした感触です。金属のようでした。 
その感触が、スッと横に動きました。 
手首がジワッと熱くなります。ドクン、ドクンと鼓動を感じます。 

そこで僕は気を失ってしまったんです。 

気がつくと僕は病院にいました。ベッドで寝ていたようです。 
手首には包帯が巻かれていました。周囲には点滴の器具のようなものが置いてあります。 
状況が理解できない僕は、しばらくぼーっとしていました。 
すると看護士さんがやってきました。 
なぜ僕が病院にいるのかを尋ねると、看護士さんは「ちょっと待って」と言い、部屋を出て行きました。 
しばらくすると、Bが部屋に入ってきました。とても暗い顔でした。 

「すまない。こんなことになって」 

なぜ謝るのか尋ねると、Bはしばらく黙ったまま、ポツリ、ポツリと話し始めました。 
その内容はこうです。 
Bが自分の部屋で見た女の霊は、なんとBの彼女だったというのです。 
Bはその彼女と、まじめな交際をしていたといいます。 
しかしあるとき、別の女性を好きになってしまった。どうしてもその女性が忘れられず、苦しかったが、別れを切り出したそうです。 
当然、彼女は否定しました。激昂したそうです。なんども話し合ったしそうですが、彼女の理解は得られなかったそうです。 
そこでBは、彼女を一方的にフッて、新しい彼女と一緒に引っ越してしまったというのです。 

友人関係もほとんど犠牲にして、数人にしか伝えず、携帯も替え、今の町へやって来たというのです。 
そして今の仕事を見つけ、しばらくは二人の幸せな日々を過ごしたといいます。 
でも、あるとき異変が起きたそうです。 
新しい彼女が、寝言でおかしなことを言うようになったといいます。 
それが、僕があのとき聞いた言葉、「あなたも、手首を、切るのよ」でした。 

その異変が数週間続いた後、新しい彼女は、バスタブで手首を切って亡くなっていたといいます。 
自殺と判断されましたが、手首を切ったカミソリはBのものだったそうです。 
それから、Bの部屋では、物が勝手に動いたり、無くなったりと異変が起こるようになったそうです。 
そしてある夜、寝ようとしていたBの耳元で「見ているから」と女の声だけが聞こえたそうです。 

新しい彼女の葬儀のとき、旧友から、元彼女が自殺で亡くなっていた……と、知らされたそうです。 
それを聞いた、その日の夜。「はじめて元彼女の霊がはっきり現れた」と言っていました。 
その後は、さまざまな霊障の連続だったそうです。 

Bが言うには、僕がBを助けようとしたせいで、元彼女の霊が来てしまったということです。 
そしてあのとき、僕の部屋で起こった出来事。 
Bが言うには、急にドアが開き、見ると僕が血だらけで倒れていたと言います。 

Bと少し親しくした女性も、怪我をしたり、病気になったりしたと言っていました。 
男性なら、親しくしたくらいでは問題なかったといいます。 
たしかに同僚の女の子で、足を骨折した人はいましたが、Bはその辺をはっきりと教えてはくれませんでした。 

B自身も御祓いを受けたり、霊能者に相談したりしたそうですが、今まで何も変化はなかったと言います。 
そして、「これ以上迷惑はかけられない。また引っ越すことにした」と言っていました。 

退院後に会社で「Bはいきなり辞表を出して退職した」
「連絡がつかず、アパートも空き部屋で、どこに居るのかも分からない」と聞きました。 
僕はなぜかインフルエンザで休んでいることになっていました。


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