幽霊が出るという噂の家

293 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/06 22:54 
 中学生の頃、仲の良い友人Sが転校していった。
両親が離婚し、郊外の新興住宅地に母親と引っ越した。
 僕と友人KはSが寂しがっているんじゃないかと思い、
バスで一時間かけて遊びに行った。
 Sは僕らの訪問をとても喜んでいた。市営アパートのS宅で
しばらく歓談した後、町を案内してもらうことになった。
 そこは僕らが生まれ育った町並みとはおよそ違っていた。
路地裏も商店街も駄菓子屋もなかった。整然とした市営住宅と
同じ外観の建売住宅。広い舗装道路と駐車場付きの大型店舗。
 僕らはたちまち退屈してしまった。どこか面白い場所はないのか
とSに訊ねると、幽霊が出るという噂の家があるとのこと。 

何でも、肝試しを試みた上級生が精神に異常をきたしたという
実話があるそうで、学校やPTAから立ち入り禁止の通達が出ている
そうだった。
 「サーチ&デストロイだな」
僕は気負って2人に言った。
なかなか学校に馴染めないSに一つ大ねたをプレゼントしてやるか、
くらいのノリだった。あと、新興住宅地のクリーンな雰囲気に反感を覚えていた
ような気もする。
 Sにその家を案内してもらい、周囲を窺うと、少し異様な感じがした。
まず、家の横が用水池になっていた。区画の切れ端というか、日当たりの悪い
斜面にあり、裏手には未整地の崖があった。
 まだ日も高いし、それほど威圧感はない。
持ち主が手入れしてないのは明らかで、小さな庭は雑草が生い茂っている。
僕らは隣家に人気がないのを確認して、こっそりと侵入した。 

持ち主が手入れしてないのは明らかで、小さな庭は雑草が生い茂っている。
僕らは隣家に人気がないのを確認して、こっそりと侵入した。
 築五年くらいのものだろうか。正面のつくりはしっかりして、当然カギが
かかっていた。裏手に回りこむと、勝手口の小窓にダンボールが張ってあった。
僕がそれをはがして内カギを開けた。
 いよいよ家の中に入る瞬間、僕らはかなり緊張した。
意を決して僕が先頭をきると、2人も後に続いた。
部屋の中はがらーんとしていた。
キッチンには剥き出しの水道管があるだけで、流し台はない。
さらに進むと、畳もない。リビングと応接間、和室を仕切る扉もない。
何にもない家の中で、しばらく僕らは立ち尽くしていた。
人間が生活していた痕跡が、意図的に取り去られた感じだ。 

床にうっすらと積もった埃に、僕らの足跡だけが残っている。
Kが突然きょろきょろし始めた。耳に手を当てる仕草で、僕らに喚起を促す。
カッチ、カッチ、カッチ………。
 時計の秒針の音だろうか。
どこから聞こえて来るのか、僕は確かめようとして玄関に回った。
二階へ続く階段があり、さすがに一人では行けそうにない。
「おい、もう出よう。やばいよ」
Kは明らかに怯えていた。
かすかにテレビの音声が聞こえているような気がした。
「分かった。ちょっと二階を確かめてから」
Sが僕にすがりつくようにあたりを窺ってる。
急にはっきりと音が聞こえた。
それはニュース番組で、アナウンサーがニュースを読んでいる声だった。
そして、一斉に部屋中から音が溢れ出した。
まな板の上で包丁を使うコツコツという音。トイレの水を流す音。
僕らのすぐ近くで、誰かがあくびする声がした。
Kは突然駆け出し、そのまま玄関の鍵をあけると表に出た。
僕らもつられて走った。 

そこでやめておけばよかった。
明るい日差しの下で話し合ううち、玄関のカギを閉めた方がいいんじゃないかな、
とSが言い出した。
 みんなで叫びながら家を飛び出したのだ。誰かに見られてもおかしくない。
結局、Kが家の前で見張り、Sが勝手口で僕を誘導することになった。

 僕はSに見送られながら、玄関の扉を閉めた。
三メートルほどの細い廊下をはさんで、応接間とトイレ、風呂があった。
どちらも扉はなく、便器も浴槽もない。
さっきとは打って変わってしーんとしている。
 勝手口が開いたら、僕はダイニングリビングを駆け抜けるつもりだった。
けれど、薄暗い二階から誰かが降りてくるような気がして、怖くて待てなかった。
玄関からは壁に隔たれて勝手口は見えない。 

 三十秒も待てずに、僕はそこから飛び出した。
ダイニングに入った瞬間、そこには人がいた。
さっきまでなかったダイニングテーブルに、四人の人間が腰掛けていた。
中年の夫婦と二人の娘が、一斉にこちらを見た。
じろっと睨みつけた。
 僕は気を失っていたらしい。
SとKによって救出された。情けない話だが、Sに下着とズボンを借りて帰った。




                           おわり 

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