インプット

681 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ :2001/08/02(木) 09:07
列車を待っていた。
その日はことのほか寒く、道を歩いているとギュウギュウと雪が鳴るほどで
いかに北国の人間が寒さに強かろうと、厚着をしないでお洒落をするのは無理な相談とい
える気温、皆厚着だった。
やがて夕日が駅の構内を黄昏色に染める頃、駅に到着した列車には大勢の人が乗り込んだ。
只でさえすし詰めになる車内は普段より体積の増した乗客たちによりますます密度が
増し、悲惨な様相を呈していた。
席を取れなかった私は、仕方なく人の流れに押されるままに進み、車両のほぼ中央で人に
囲まれて身動きが取れない状態のまま発車の刻限まで取り留めのないことを考えていた。
しばらくして、列車がそろりと動き始めたあたりだったと思うが、「うっ、うっ」と何か
に苦しむような声が聞こえた。そのときの私は人いきれの暑さにやや朦朧としていたまま
向こうで揺れるフリーのつり革につかまりたいな、とか考えていた。
この時に少しでも注意を払っていれば、あるいは何らかの予感が働いていれば、あんな恐
ろしい目に遭わずにすんだかもしれない。 

一つ目の駅に着いた。
途端、目の前の大きな背中がすごい勢いで動いた。驚いているうちにそのサラリーマン風
の男は、乱暴ともいえる動きで人を掻き分け、あっという間に駅の通路に消えた。
(まあ、変なやつか。それとも急いでいただけか。)
そう気にも留めずにいると、私の前にポッカリと一人分のスペースが空いている。
一瞬不思議には思った。何故周囲の人はそこを詰めないのかと。しかし新しく乗り込んで
きた人波に押され、私がそこに入ることになる。
ややあって列車が動き出したあたりで、私は前にいる奴の様子がおかしいことに気がつい
た。「うっ、うっ」という先程聞こえた声とともになにかをすするような低い音が混じ
っている。気になって見てみると身長は150センチ前後、50はとうに超えているであ
ろう年配の女性で、子供のお下がりか赤いスキージャンバーの上下を着、うつむき加減で
首に巻いたマフラーを口にあてたまま唸っている。
(ドキュソか?)
しかしそれにしては様子がおかしい。首を傾げて奴の手元を覗き込んだ私は、あまりのこ
とに呆然とした。 

ゲロだ。マフラーにしっかりと染み付いたそれはまさしくゲロ。
必死に爆発をこらえているのが「うっ」という声の正体だった。たまらなくなって少し文
句を言おうとした。手には鞄を下げているからそこに吐けばよいし、だいたい立たずに座
り込めばいいはずだ。そのほうが被害が少ない。しかし私が意を決した次の瞬間
「ゲゲ・・・」
小規模の噴火が起こった。吐捨物は撒き散らかされはしなかったものの、指の間からかな
りこぼれ出てボトボトと床に落ちた。
そして次の奴の行動で、私は驚きのあまりすっかり言葉を失ってしまった。
奴は、手にたまっている黄色い塊を、ズルズルと飲み込み始めたではないか。
真っ赤な顔で、鼻水を垂れ流しながら、大きな音を立てて、である。
もう、何も言えなくなった。ドキュソが病気・・・これはもうどうにもならない。
泣き出したい気分だった。結局、次の駅で私が一回降りるまでその状態は続く。地獄だっ
た。奴は短い周期でバーストを繰返し、その度に周囲に酸っぱい臭いを漂わせ、マフラー
に付いた染みは生き物のようにどんどん広がっていった。もちろん、アウトプットのあと
のインプットも忘れられることなく何度も行われ、その度に虫酸の走るような音が響き渡
った。
結局、次の駅で私は一度降りてから隣のの車両に乗り換えた。物質的な被害がゼロなのは
不幸中の幸いであったが・・・しばらく食欲が無くなったのは言うまでも無い。

二年ほど前の話です。少なくとも私にとっては怖い話でした(藁
他の人から見れば別の場所に分類されるのかもしれませんが。 

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