狼喰らい

642 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2009/03/11(水) 00:03:21 ID:50JTjn9V0
知り合いの話。 

彼はかつて漢方薬の買い付けの為、中国の奥地に入り込んでいたことがあるという。 
その時に何度か不思議なことを見聞きしたらしい。 

人里離れた岩山で、案内人と野営していた時のこと。 
夜中、怪しい物音が近づいてくるのに気が付き、息を殺した。 
彼らのいる岩棚のすぐ真下を、何か大きな物がズルズルと這っていた。 
案内人も緊張した面持ちで、彼に声を立てるなと合図する。 

音が遠くに去ってから、ようやく案内人が息を吐いた。 

『危なかった。あれは多分、狼喰らいって化け物。 
 名前の通り狼でも襲って喰ってしまう、でっかい口だけの怪物です』 

朝になって降りてみると、地面には何かが這いずったような痕が残されていた。 
そこかしこで肉が傷んだ時に出るような、どこか甘い腐敗臭が漂っている。 
一体どんな動物なんでしょうか、こんな不気味な痕跡を残すなんて? 

『動物じゃないよ。植物なんですって』 

若い案内人は嘆息しながら説明してくれた。 

『僕は見たことはないけど、葉も茎も無くて、大きな花だけが地表すれすれに 
 出ているという、何とも変わった植物なんだそうです。 
 この独特の残り香は、その花の匂いなんだとか。 
 腐肉を食べる生き物を寄せるためなんですかね』 

『根っ子で養分が採れている間はいいんだけど、そこの土地が枯れてくると、 
 根を自ら引き抜いて、狩りに出掛けるというんです。 
 地に植わっている間は、まだ花らしい名前で呼ばれているんですが、獲物を 
 探して彷徨いだすと、狼喰らいって呼ばれるようになるんです』 

『萼か花弁のどこかに、まるで牙のような突起が生えていて、それで獣を殺すと 
 いう話です。死体を確保するとそこに陣取り、根を這わして啜るのだとか。 
 実を結ぶだけの蓄えが出来ると、根を下ろし種を作って枯れるそうで。 
 アレが出るようになるってことは、その土地が荒れてきたってことなんです。 
 随分長いこと、出たって噂を聞いていなかったのに・・・』 

現在その岩山のある地方は、外国人が立ち入られなくなっているという。 

「大陸が荒廃しているってニュースを聞く度に、あの岩山を思い出すのです。 
 もうじき狼喰らいの群れが、ズルズルと湧き出てくるんじゃないのかって。 
 いやもしかすると、狼喰らい自体が生き残っていないのかもしれませんが」 

どこか寂しそうに彼は言っていた。

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