断たれた村

202 :虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ :2007/09/28(金) 05:04:19 ID:VL1lHe7G0
『 断たれた村 』 

元号が大正に変わるか変わらないかの頃、某とかいう貧しい山村に亀裂が生じた。 
村を中央から二つに引き裂くかのように線路が敷かれたのである。近隣で採れる石炭を運ぶためだったらしい。 
分断された村は、線路より南側を「前○○」、北側を「裏○○」と呼ばれ、区別されるようになる。 

区別はやがて差別となり、根拠の無い憎しみを生んだ。 
特に北側の「裏○○」の人間がその標的となり、北の女は谷の陰気に侵され丈夫な子が生めぬだとか、 
羽振りの良い北側の者を見ると何々憑きの家だからだとか、そんな事が平然と言われていたと今に伝わる。 
元々、漠然と存在していた差別意識が、地形的な境界が生まれた事で、より明確に表に出て来たのだろうか。 

そんな殺伐とした中、南と北の男女が恋に落ちる。時は敗戦の色が濃厚になる太平洋戦争末期。 
男は南側の人間で有力な富農の息子、女は北側の人間で母親と二人で他所の畑を耕す身。 
二人は人目を忍んで密かに会っていたが、それが知れるのにそう時間はかからなかった。 
当然のごとく周囲から猛反対を受け、二人は引き裂かれる事になる。 
奇しくも丁度その頃、男に召集令状が届き、二人に抗う術は無かった。 

男が戦地に赴いて間も無く戦争は終わった。しかし不運な事に、男は帰って来れなかった。 
男の家族はそれを女のせいにした。北の者と関わってしまったばかりに禍が降りかかったと言うのである。 
南側の人間から矢継ぎ早に責めたてられ、女は家に篭りきりになった。 
同じ北側の人間もかばいきれないほどの、弾圧と言っても過言ではないほどの叱責であったという。 

幾月か経った後、女は子を産み落とす。 
それが誰の子であるのかは明らかだったが、戦死した富農の男の家族はつとめて無視した。 
それどころか、夜中に女の家に押し入ろうとする不審な者も見られた。 
幸いにも北側の近所の者が通りがかって事無きを得たが、 
身の危険を感じた女は赤子を抱いて北の山に消え、二度と村に戻る事は無かった。 
それからというものの、山から吹き降ろす風に乗って、悲しげな子守唄が聞こえてくるようになったという… 

後年、富農の家の子孫は山に塚を建てて、無念であっただろう女の御霊を弔ったらしいが、 
この地の過疎化とともに、その家も途絶えてしまったそうである。 
村を断った線路も今は朽ちた枕木を晒すのみで、もう、静かな山にいらぬ喧騒をもたらすような真似はしない。 

この山村を訪れたK氏が携帯で知人に連絡しようとしたところ、電波が届いていないらしく圏外であった。 
ところが、線路を越えてしばらく歩くと、アンテナが微弱ながら反応した。 
先の話を聞いた直後で、随分と皮肉なものだなと思いながらも、 
それが北側であったのか南側であったのかは深く胸には留めないで、K氏は寂れた村を後にした。 

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