三猿

271 :虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ :2006/12/14(木) 04:30:48 ID:+/+/XVo+0
『 三猿 』 


ある山村に、凛とそびえ立つ大木があり、そこへ何処からかやって来た猿が住み着いたと云う。 
この招かれざる客は、村のあちこちで、あらゆる悪さをし始めた。 
畑で鍬を振るう村人たちの姿を目にしては、その様を嘲笑い、 
田植え唄を歌う村人たちの声を耳にしては、その調子を外し、 
何かに興じる村人たちを見聞きしては、大口を開けてギャアギャアとわめき邪魔をした。 

村人たちも、最初は大目に見ていた。しかし、猿が作物を盗んでは食い散らかし、 
畦を壊し田んぼの水を抜いた時には、流石に我慢がならず、猿を捕らえようとした。 
だが猿は、するすると村人たちの手から逃れ、大木の上で歯をむき出して笑った。 

その様子を見ていた村の名主は、神社の宮司に相談した。宮司は仕方がないという顔で、 
××の法を用いて、猿をおとなしくさせようと提案した。××というのは忌み言葉で、 
直接口にしてはならぬという掟があり、その都度、様々な仮の名で呼ばれていた。 

ある日の昼。名主と宮司が大木へ様子を見に行くと、猿が村を見下ろしながら吠えていた。 
名主は樹上の猿に、供物を差し出しながら、頼むから大人しくしてくれと懇願した。 
だが、猿は木の枝をつかみ、ゆさゆさと揺らしながら、ギャアギャアとわめくだけだった。 
名主たちは猿との対話をあきらめ、供物を木の下に置き、屋敷へと去っていった。

その日の夕方。大木の下には、供物の酒をしこたま飲んで、深く寝入っている猿の姿があった。 
猿はたやすく縄で縛られ、村を見下ろす高台にある神社へと運ばれた。 
その晩は鎮守の杜から、鬼の咆哮が村へこだまし続けたと云う。 

明くる日。村人たちが畑を耕していたところへ、猿がふらりと通った。 
村人たちは、また仕事を邪魔されると思い身構えたが、その心配は無かった。 
猿には村人たちの姿は見えず、声も聞こえず、吠える事もないだろう。 
猿は目と耳を潰され、舌を抜かれていた。誰かが言った。××にやられたな、と。 
猿は村人たちの営みに煩わされる事無く、尻を掻きながらくつろぎ、そして何処かへと去った。 


この山村には「言うことを聞かぬ子は××に喰わせるぞ」といった子守唄があったが、 
やがて××の部分は、件の猿にちなんだ『三猿』へとすり替わり、 
喰われた立場の猿が、喰う立場になってしまったそうな。 
しかし、猿呼ばわりされる事になってしまった××の心中は計り知れない。

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