山裾に造成されたマンション
388:雷鳥一号◆zE.wmw4nYQ 10/29(日) 18:09 Ce2GrMer0 [sage]
友人の話。
彼女は半年ほど前に、とある山裾に造成されたマンションに引っ越した。
そこは部屋広さの割に家賃が格安で、姉妹二人で同居している彼女にとっては願ったりの物件であったらしい。
前の住人が几帳面だったのか内装も綺麗で、姉と二人で掘り出し物だと喜んだ。
「でもねぇ、何だかおかしい住民さんが居るみたいなのよねぇ」
引っ越しして間もなく、二人で夕食を共にした折、彼女はそう話してくれた。
「仕事が終わってさ、夜遅くに帰ってくるでしょ。
うちの部屋は七〇六号、つまり七階なんだけど、当然エレベーターを使う訳ね。
したら時々、変な女の人が乗っているのよ」
変な・・・って何がどう変なのさ?
「うー、とにかく不気味なの。一階で箱を呼ぶボタンを押すでしょ。
じき箱が来て扉が開くんだけど、中に髪の長ーい女の人が立ってるの。
奥向いてるから、顔とか年齢とかわからないけど、いつも同じ服格好してるん。
ボサボサ髪で両手に沢山デパートの紙袋提げて、ヨレヨレの長スカート。つーんと鼻にくる臭いも、微かにだけどしてるの」
「話し掛けても返事がないしさ。それでも最初に出くわした時は、仕方がないから一緒に乗り込んだのね。七階のボタン押したんだけど、あちらさん何も反応も動きもないのよ。『何階ですか?』って聞いてみたけど、まったくの無反応なん」
「こっちも疲れてるから、それ以上は相手せずにいたのよね。
したら、ブツブツとずっと小声でずーっと何か呟いているじゃない。勘弁してくれって感じだったの」
「二回目に出会った時は、もうさすがに一緒に乗る気はなかったん。
だからそのまま扉が閉まるに任せて、ホールでそのまま待ったの。
しばらくすると箱は上に昇っていったから、どこかの階で停まるのを確認して、もう一度ボタンを押したのね。そしたら」
・・・そしたら?
「もう一回降りてきた箱が開くと、またしてもその女が乗ってるん。
奥の方向いたまま、ピクリとも動かないで」
う。ちょっとゾクリと来た。
「でしょ? もうとてもエレベーター利用する気になれなかったん。
だから、非常階段で延々と七階まで。それも夜中に」
その後も結局、非常階段を使うことが何度かあったという。
聞けばどうやらお姉さんの方も、件の女性を目撃していたらしい。
この棟って、非常階段使う住民がかなり多いって管理人さんが言ってたけど、おそらくその皆さん、あの女の人に出会っちゃったんだと思う。
というのは姉の弁だ。
「害がある訳じゃないんだけど・・・あってからじゃ遅いし。何より不気味だしー」
そう言って彼女は頭を抱えていた。
この話を聞いた私は、ちょっと考え込んでしまった。
というのもこのマンション、ある筋では少し名が知れた物件だったからだ。
特に私のような設備関係業者。
別の棟の話になるのだが、住人が居着かない部屋が何戸かあった。
そこに新しい住人が入る度、設備メンテの業者に苦情が入る。
そのすべてが水関係のクレームだった。
―例えば。
夜中に水音で目が覚めると、使っていない筈のユニットバスが水浸しだった。
―例えば。
誰も入っていないのに、夜中にトイレの水が何度も何度も流される。
―例えば。
留守にしていたのに、洗面所の水栓がいつの間にか全開になっている。
―例えば。
どこも漏水していないのに、階下に嫌な臭いの水が滴る。
―例えば。
バスや洗面の排水口が、明らかに住人の物でない長い髪の毛で詰まってしまう。
他にも、異臭が立ち込めるので排水管を調べてみると、封水トラップ内の水が腐ってしまっていたこともあったらしい。
毎日使う環境では、まず有り得ないことだが。
話した方が良いのかなぁ。でも別の棟だし、変な心配掛けても悪いし・・・。
その後数日に渡って、私は少し悩み続けた。
・・・結局は悩む必要などなかったのであるが。
そんなある夜、飲んでいて遅くなった友達を泊めることになった。
今夜は姉が留守だ。迷惑を掛けることもあるまい。
そう気軽に考えていたという。
幸い、エレベーターにあの女も乗っていない。
しかし友人は落ち着かない様子で、エレベーター中をキョロキョロと見回していた。
そしてポツリと呟く。
「変なこと聞くけどさ。ここ、何か出たりしないよね?」
この友達、広言こそしていないが、実はいわゆる“"見える人”であったらしい。
ははは、と笑って否定した直後、あっと気が付く。
・・・あの不気味な女の人、もしかして・・・
動揺を隠しつつ、何が見えるのか聞いてみた。
「・・・いや、箱の内壁なんだけどさ。黒い手形がびっしりと付いてるの。それも一人分じゃない。それこそ色んな人のが押されてる。中には指が満足にないのも多いけど・・・何があったのやら」
彼女も霊感が皆無な訳ではないらしいが、何も見えなかったという。
聞くんじゃなかったぁ。そう思いながらそそくさとエレベーターを降りたそうだ。
その夜中のこと。
微睡んでいると、いきなり横の布団で寝ていた友達が、彼女の布団に潜り込んできた。
そのままギュッと抱き付いてくる。
あらやだ。
・・・実は彼女、男も女も両方イケる口である。
この友達もそのことは知っている。これは手を出してもOKということかしら?
「スマン。だけどさ・・・変なことしたら怒るよ」と友達。
残念。が、まぁこれでも良いか。そのまま抱き合って寝たのだという。
朝目が覚めると、さすがに疑問が頭をもたげた。
ノンケのあなたが、昨夜は一体どうしたん?
「夜中にさ、眠れなくてぼんやり目の前の畳を眺めていたの。
そうしたらさ、ホント目と鼻の先でさ、畳から何かがズルッと抜けてきたの。
詳しくはよく見えなかったけど、多分、元ヒトだと思う。
いや怨霊とか、そういう質の悪いモノではなかったよ。
でもこっちに気がつかれて、憑かれても困るから。
とりあえず隣の布団に逃げ込んだってワケ」
・・・それ、畳から抜けた後、どこ行ったん?
「そのまま上昇して、天井抜けてったよ。
嫌なこと聞くけどさ。ここ最近、上の階と下の階で不幸がなかったかい?」
少し顔が引きつった。実は二週間ほど前に、すぐ上の部屋で飛び降り自殺をした人がいたからだ。でも、下の方は何もなかった筈なのね。
「あったよ、下の部屋で不幸」
朝方帰宅した姉が、サラッと答えた。へ?
「アンタつい先日、二日ほど空けたでしょ。その時、真下の奥さんが首吊ったのよ。理由は知らないし、知りたくもないけど。警察とか来て大変だったんだから。うちにも色々聞きに来たよ。アンタに教えるの、すっかり忘れちゃってた」
それだわさ。友達が納得した顔で頷く。
「立て続けに不幸が起こったモンで、通り道が出来ちゃったのね。
それも何て言うか、変なモノが通ってる。霊道とはちょっと違うみたい。すぐに何かある訳じゃないだろうけど、越すことを考えてとくのも良いかもよ」
「越したばかりだから、先立つ物がねー」
「ねー」
姉と友達はごく普通な顔でそんな会話を交わしている。
・・・何でそんなに平然としてるの~?
それが彼女には少し、腹立たしかったという。