ボイラーの様な音
471:しゅもくざめ 09/25(月) 15:22 Hmp1xXHa0 [sage]
三年ほど前だろうか。
東北の太平洋に面した地方での話だ。
今ある土地は場所によっては山を切り崩して出来たものだ。
僅かに点在する林を鑑みるに、山だったのだな等と何処か物思い耽りたくなる。
晩秋に差し掛かった頃だったろうか。風が軟らかさをなくして切るような冷たさになっていた。
叔母の様子を見に訪れてそのまま泊まる事があった。
叔母は歳のせいで体の節々が痛いと呟いていたが、元気なものだ。
今でも良く昔話を聞かせてくれる。其の語りは今でも耳に心地いい。
家の裏手には山が、と云っても既に半分切り崩されている禿山があり、家の建っている場所も元は
其の山の一部だったそうだ。
早めの夕餉を終える頃には寒さは冬と変わらぬほど厳めしい。
戸締まりを終えると腹が暖を取れているうちに、叔母には悪いが早々に寝床についた。
蒲団に潜り冷えた空気を一息に腹へやる。冷たい空気が熱くなった腹には心地いい。
そのまま目を瞑ると意識が微睡んだ。
――ボイラーの様な音が聞こえる。頬から肩に伝って足に冷気が落ちた。
目が覚めた。窓は――鍵を掛けたはずだ。不安が胸を重くする。
上手く寝返りがうてない。手足は動く。だが体が横になったまま上手く動けない。
頭の近くからボソボソと声が聞こえる。小さくでは無い、耳で反響するくらいに大きな音だ。
だが聞き取れない。発声出来ていない。話し声だとは分る。喋っているのだ。
ボソボソとした音は、喋るときの口から漏れる空気の様な抑揚をもっている。
鳥肌が立った。
横にした体に肩から足に向かって半身に空気がかぶさる様な圧迫感と逆に引っ張られるような感覚が襲う。
徐々に肩から胸に向かってぞわぞわと鳥肌が広がる。寒い。
体に入られるとはこんな感覚なのかと冷静な部分がそう思う。
ボイラー声が大きさを増した。
空気の圧迫感が胸の辺りまで来たとき。漸く声が出た。
随分と永い間胸に留めたものが、妙な掠れ具合と共に喉を振るわせた。
不意に音が止む。
動悸は最高潮を迎えていてた。
目を開けずに寝床から起き上がると、手でなにも無いことを確認しながら明かりのスイッチを探した。
手が何に当ることもなくスイッチに触れると、半月盤が浮くように足から力が抜けた。
明かりを点けると窓が僅かに開いている。冷気は此処から漏れてたか。鍵は掛けた筈なのだが―――。
一瞬、まぶしかった訳でもないのだが眩暈がした。
叔母には悪いがそのまま明かりを消せずに夜を過ごした。
叔母に聞いた昔話は、自らが体験もしていると云うものだった。この地方には、女性が山に入ると蛍のような光が明滅する
事があると云う。それは懐妊を告げるもので、体に入ると胎児に生命を与えるものなのだそうだ。
其れを裏の山で祖母と山に入ったとき見た事があるという。
帰り際、無残に切り崩された山を見ながら生涯初となる突飛な経験を思い出していた。
別にソレと関係があるとは思わなかったが、懐妊は幾らなんでも無理だよと苦笑いしながら帰路についた。
――――暫くは電気を消せない日々が続いたのは仕方ない。