陣太鼓

84 名前: 42 2006/03/07(火) 10:50:44 ID:RFeKnVZA0
天明のころ田沼意次(たぬまおきつぐ)の城下町だった、同じく相良町の話。 
「海賊だー 海賊だぁー 海賊が来たぞー!」 
今まで平和な暮らしをしていた相良の町は、一瞬のうちに上を下への大騒ぎになった。 
田沼様の善政のもとで、何不自由なく平和に暮らしていた町民にとっては、寝耳に水の大事件であった。 
海賊が襲って来たとの知らせは、相良城内にも知らされた。 
「こしゃくな海賊ども。目にもの見せてくれよう。」「日ごろ鍛えたこの腕を思う存分見せてやる。」 
物々しいいでたちで、城内はまるで戦場のようだ。 
「ご城代早くお指図を」「岸に上げては、良民に犠牲が出る・・」「ご城代。」「ご城代 お下知を!!」 
「まあ、またっしゃい。海賊といえども人の子。ここは、計略で追い払うに限る。」 
「これはご老体。そんな悠長な事では・・」「そうじゃ。田沼武士の力を示す時だぞ。」 
「まあ静かに聞かっしゃれ。今、おのおの方の腰の刀は、人を斬るための道具かの。 
そうではあるまい。武士の刀とゆうものは、心を育て、天下を鎮めるためにあるものじゃ。 
わしに良い考えがある。まあ見ているが良い。」 
老人は、数人の小者に陣太鼓を担がせると海岸に近い小高い山に登った。そして、力にまかせて打ち鳴らした。 
ドーン、ドーン、ドーン 
音は、腹の底まで響いた。音は海岸近くまで押し寄せた海賊の耳にも響いた。 
「あっ。敵は大筒を撃ち始めたぞー!」慌てたのは、海賊どもであった。 
太鼓の音を大砲の音と聞きまちがえたのです。「ひとまず引き上げじゃ」「急げ、急げー」 
海賊共は、船の舳先を沖に向けていっせいに漕ぎ、逃げ出した。 

栄枯盛衰は、世の常で田沼意次の時代は終わり相良城は、取り壊された。 
海賊を追い払った陣太鼓は人手に渡りやがて、大沢の般若寺に寄贈された。 

大正の初め頃「お尚様、谷の奥の池に竜が居るっ!」と、池の土手の草を刈っていた一人の百姓が、真っ青な顔をして、お寺に駆け込んできた。 
池は般若寺の裏数百メートルほどの所にある。 
池は、小さくても周りを山で囲まれて、薄暗く竜が住んでいても不思議とは思えないほどに青々と水をたたえて静まりかえっていた。 
「竜が居ると言うのか?」和尚様は、笑いながら聞きかえした。 
「えぇ、確かに竜がいます。金色の目がギラギラ光っていた…。」百姓は、歯をガチガチ言わせながらこういうのが精一杯だった。 
「そんなバカな、何かを見違えたのだろう。」「いえ、本当ですだ。池の中に竜が目を光らせて…」 
近所の村人もこれを聞きつけて、三人、五人とお寺に集まってきた。 
「お尚様、谷の池に竜がいるって本当かね?」「あぁ、弥吉さが今見てきたと言うんだがねぇ」 
「ああ、大きな金色の目を輝かせてな。おら、話には竜の目は金色に輝くと聞いてはいたが、本物を見たのは初めてだ。」 
「本当かのぅ?」一応は疑っては見たものの、何かと見間違えたとしても池の中に金色に光るものがあるに違いない。 
「弥吉さん、案内しておくれ」お尚様は、珠数を片手に本堂をでた。 
「へい、へへい」弥吉は返事はしたものの,気が進まなかった。 
「お尚様、おれっちがお供しますだ。」「そうだそうだ。冥土の土産に竜というものを見ておこう。」「孫子の代までの語り草になるでのう。」 
恐いもの見たさと野次馬根性が手伝って、村人達はお尚様の後についていった。 

ところが、池に近づくにつれて、村人の足どりはだんだん重くなって来た。 
「さあ、お前が先に行け…」「いやーお前が先にいけ、おら後でいいから」などと言いながらも、ようやく土手の上にあがってきた。 
「弥吉さんや、竜がいたのはどの辺りかな?」「へっへい あっちの方で…」 
弥吉が恐々指さしたのは、椎の木が生い茂り水際まで覆い被さった辺りだった。 
たしかに、木の葉の間からキラキラと光るものが見えている。 
「!!!!!!!・・・・・・」 
お尚様の顔も一瞬引き締まった。「わぁっ 出たーっっ!!」もう逃げ出す者さえあった。 

「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。」お尚様は珠数を揉みながら、じっと光るものを見つめていた。 
怪しく光るものは何時までたっても動こうとしない。「誰か見てくる者は居ないか?」 
お尚様の声に、誰もが顔を見合わせるばかりで、誰も進んで見に行こうとはしなかった。 
お尚様は笑いながら、池のふちにそって光る物の近くへ寄っていった。 
「おっ!これは…」お尚様の驚きの声に、村人達は浮き足立った。 

「誰か来ておくれ!陣太鼓じゃ。陣太鼓が池に浮いている。」村人は、我先にと急いで行った。 
見ると、般若寺の寺宝として本堂にかざってあった陣太鼓が池に浮いていた。 
竜でないとわかると、若い衆が二人三人と池に入り力を合せて陣太鼓を引き上げた。 
竜の目に見間違えたのは、欅の胴に金箔で描いた田沼家の七耀の紋だった。 

「あっ!」 
お尚様初め村の衆は二度ビックリした。 

太鼓の片面が鋭い刃物で一尺ほど切り裂かれていた。 

(田沼様には及びもないが、せめてなりたや公方様)と歌われる程の田沼様の秘蔵の陣太鼓である。 
普通の太鼓とは、違っているに決まっている。 
(田沼様の陣太鼓には音を良くする為に黄金が入っている)と言う噂に、盗賊がお寺に忍び込み陣太鼓を盗み出して、中の黄金を取り出そうとしたのだろう。 
もちろん、太鼓には黄金など入ってはいない、ただの噂にすぎない。 
盗賊は、太鼓の中に何も入っていないので、谷の奥の池に捨てたのだろう。 

今でも、般若寺には、片面が切り裂かれたままの陣太鼓が寺宝として、大切に飾られている。 

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