月の光

656 名前: 全裸隊 ◆CH99uyNUDE 2005/09/23(金) 08:15:40 ID:b6ZkUCG50
早過ぎる夕食を済ませ、寝袋にくるまり、ぼんやりしていると、 
いつの間にか眠ってしまっていた。 

目が覚め、時計を見ると2時を過ぎたところだ。 
このまま明るくなるまでテントの中に居るのも芸がないと思い、 
ごそごそと音をさせながら、テントの外へ出た。 

素晴らしい月夜だった。 
十五夜は翌晩だったが、そんな事はどうでもいい。 
真っ白な月が空にあり、硬質で優しいとしか表現しようのない光が満ちていた。 

テント場全体が白く光っていた。 
月に照らされたというより、月に感応して木や草、テント、そして 
その場の空気そのものが光を発しているような具合だった。 
夜露を受け止めた草や、テント、テントの張り綱まで、はっきりした 
青白い色をしていて、アルミを思わせる光を発していた。 

前方、月を背景に夜空にそそり立つ巨木は、黒いシルエットを見せ、 
その縁に沿って、やはり白い光をにじませている。 
柔らかな風が吹き、木々の枝が揺れ、より多くの光がにじみ、淡く広がった。 
振り返ると背後の林も輝き、俺の影が黒々と伸びていた。 

深く息を吸い込むと、月がいよいよ明るくなったように感じた。 
ふと、月が光を呼吸しているように思えた。 

月というのは、こんな夜に地上から吸い込んだ光を取り込み、 
それで光っているのだという、どこやらの少数民族の言い伝えが 
目の前の光景に、ぴたりと当てはまった。 
心の深いところが満たされつつあるのを感じ、ずいぶん長い時間、 
そこに身を置いていた。 

月の影に取り込まれる。 
そんな言葉も頭に浮かんだ。 
その言葉を何度も頭の中で繰り返し、別の言い伝えを思い出した。 
月影が作り出す真の闇に踏み込んだ者は、闇の一部となり、二度と 
戻れない。 

テント場最大の木から伸びる影。 
どこまでも黒いのは、根元のあたりだ。 
よせば良いのにと思いながら、手をついてみた。 
手は潜り続け、冷たい何かに包まれ、ひじまで隠れた。 
地面に直接、手が刺さっているように見える。 

ゆっくり手を引き抜いた。 
引き戻されるのではないかと不安だったが、あっさり手は抜けた。 
土も、草も葉も着いておらず、しっとり湿っていた。 

俺は手を月にかざした。 
手が光っていた。 

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