滑り落ちる

409 :全裸隊 ◆CH99uyNUDE :zenratai@hotmail.com sage :2005/08/06(土) 00:23:42 (p)ID:5CETcCcl0(2)
意識は、今でもこの場所に残っている。 
最後に感じた恐怖とともに、残っている。 

アイゼンの爪先と、ピッケルの刃先で真っ青な氷に 
引っかかり、バランスを取っていた身体が、 
ほんの一瞬後には全ての安定を失い、真下に放り出された。 

手首に引っ掛けたピッケルのバンドが、ぴんと張り、 
ピッケルは、からからと軽やかに手先で踊っていた。 
アイゼンの爪が氷のどこかに当たり、突然、仰向けにされた。 
頭は下になり、上になり、時に全身で跳ね回った。 
ヘルメットが飛び、頭に、じかに氷を感じた。 
衝撃、闇、熱、それら全てが一度にやってきて、消えた。 

ひしゃげた格好で倒れている自分を眺め、姿を失った自分が 
滝のあちこちに、細く、切れ切れに残っているのを感じた。 

昼も夜も、めぐる季節の間じゅう、そこでじっと周りを 
眺め、様子を伺っているが、時に、上を目指して登る誰かの 
意識が、滝に残る自分の意識に割り込んでくる。 
割り込んできた他人の意識の一部が、ひどく突き刺さる場合もある。 

恐怖が湧き上がり、意識だけで、滝の上から下まで 
滑り落ちてしまうのは、そんな時だ。 
声を上げ、あるいは無言で、何も見ず、あるいは全てを見ながら 
まっさかさまに、最後に訪れる闇と衝撃に向かって落下する。 

今の見たか? 
などと聞こえる事もある。 
固唾を呑む別の意識を感じる事もある。 

願う事は、そう多くない。 
斜面に張り付くようにして、じっとしていたい。 
恐怖が消えるなら、あるいは癒えるなら、意識が消えても 
それでいい。 
そして、季節に関係なく常に感じている、この真冬の冷たさ。 
意識が消えれば、この寒さも消えてくれるのだろうか。 

どうにかしてほしい。 

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