931: 全裸隊 ◆CH99uyNUDE 2005/12/10(土) 08:34:18 ID:S6muTIJE0

竜が昇る滝として、地元では知られていた。 
テレビの取材が来たこともあるらしい。 
両側がきわどく切り立ったV字形の谷底が、一気に駆け上がるように 
急傾斜をなし、一旦、傾斜がゆるんで谷の幅が広がった所から、 
もう一度切り立ったようになっている場所だった。 
確かに、竜が運動代わりに空へのぼるくらいのことは起こりそうな、 
そんな雰囲気のある場所だった。
訪れるのは初めてだったが、来る前の想像よりもずっと荘厳な場所だった。 
寒さが厳しくなり始める頃で、数週間以内には、沢が人を拒むようになる。

幸い、宗教的な禁忌などはないので、俺たちは沢筋を存分に楽しみ、 
山中で一泊してから、麓の集落まで戻る林道を歩いていた。 
山へ向かう軽トラックとすれ違う際、運転手の男性が声をかけてきた。 
一昨日、集落に一軒だけの小料理屋で飲んでいた男だった。 
沢登りに来たことは、俺たちの誰かが話したのだろう。

運転手は煙草をふかしながら、今朝、竜が昇ったぞと、そう言った。 
俺たちは無論、見ていない。 
上機嫌な運転手の笑顔を乗せ、軽トラックは山へ行ってしまった。

その夜、例の小料理屋に、やはりその男はいた。 
天気がよければ朝、川原から竜が見えるだろうと言われ、 
食事を済ませた俺たちは店を出て、川原にテントを張った。
結局、ほとんど寝ずに夜明けを待った。

空が明るみ、空が色を変える中、あの滝のあたりから一筋、 
煙が空へ伸び始めた。 
煙はすぐに濃さを増し、狼煙のようになった。 
わずかに揺らぐように不安定に形を変えるそれは、確かに 
ぴいっと空へ昇る竜に違いなかった。 
時折、きらっと光るのは木の葉か何かだろう。

V字形の谷が急激に立ち上がる、あの地形が上昇気流を生み、 
雲をこうした形で吹き上げるのだろうが、そんな解釈は 
どうでもよかった。

ぽかんと口をあけ、すげえなあ、などと言っているうちに、 
竜は、空に吸い込まれるように消えた。

前の話へ

次の話へ