519: 雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ 2006/01/24(火) 22:55:56 ID:OAU45ssE0

知り合いの話。
幼馴染みに山に誘われ、週末を利用して軽い山行に出かけた。 
夜、焚き火を挟んでいると、いきなり打ち明けられた。 
癌なのだという。 
もうじき再検査する予定だが、おそらく手術することになろうと医者に言われた 
のだと。 
驚いたが、何と言って励ましたら良いのか・・・咄嗟に出てこない。 
ありきたりの言葉しかかけられない自分を不甲斐なく思いながら、眠りに就いた。

深夜、嫌らしい音で目が覚めた。 
ピチャピチャという、濡れた物を舐めているかのような音。 
隣で寝ている幼馴染みを見て凍りつく。 
小さな子供のような影が彼の上に跨っていた。 
手足も何もかも枯れ木のように細く、腹だけがぼってり張り出している。 
何かの写真で見た、栄養失調の子供の姿を思い出させた。 
影は幼馴染みの腹の中に頭を突っ込んでいるようだ。 
ざんばら髪の頭が揺れる度に、ピチャピチャという音が響く。 
まるで金縛りにあったかのように、身体が動けなくなっていた。

明け方、不気味な影はいつの間にか消えていた。 
恐る恐る幼馴染みを起こしてみると、奇妙にさっぱりした顔で起きてきた。 
開口一番、夢を見たという。
「鬼だ。鬼が俺の腹の中をガツガツ喰らってた」

絶句した。 
「どこか軽くなった気がする。持って行かれたんだろうな」 
こう続けられた彼は、しばらく呆けていたらしい。 
それ以上の会話も出来ず、二人してそのまま山を下り別れた。 
幼馴染みの小さくなる後ろ姿が、いやに切なく見えたそうだ。

ニ、三日して連絡があった。逢いたいという。 
職場近くの喫茶店で落ち合った幼馴染みは、困惑した顔をしていた。 
「山から帰るとさ。癌が、腫瘍が消えて失くなっていたんだ」 
しばらく無言で見つめ合った後、「良かったじゃないか」 
ようやっとそれだけを口に出来た。 
「うん。だけど、ものすごく気味が悪いんだ」 
幼馴染みはポツリと言う。気持ちは何となくわかった。

今のところ、二人とも健在である。 
ただ幼馴染みはあれ以来ひどく病弱になり、入退院を繰り返している。 
「実はあの時、悪くない所まで喰われていたりしてな」 
それでも、そんな軽口を叩けるくらいには元気なのだそうだ。

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