絆創膏

526: 全裸隊 ◆CH99uyNUDE 2006/01/24(火) 23:49:19 ID:CSEDz2D50
夕暮れ前からずっと音が続いている。 
かんかん、かんかん、という甲高く、透明な感じの金属音が 
速いテンポで聞こえている。 
音の出どころは、はっきりしない。 
谷間から溢れたその音が空全体に広がり、降ってくるような 
聞こえ方だった。 
さほど大きな音ではないが、よく響き、途絶えることなく、 
ひたすらに続くのが奇妙で、不思議だった。
音は夜半まで続いてから途切れがちになり、静かになった。 
向かいの斜面に鬼火のような明かりが見えたが、そこに 
何があるのか、確かめようもない。

小屋掛けしている鍛冶屋でもいるのだろうか。 
あるいは、自然現象かもしれないなどと思ったが、その前も後も、 
その山でそんな音を聞かない。 
そんな音をさせ得る神事や祭事も、やはりなさそうだ。

翌朝は寝過ごし、9時少し前、静かな山道を歩き出した。 
昨日の音は、どこからも聞こえない。 
首をめぐらし、見上げると、木の枝と空が同時に見えた。
かん! 
一度だけ大きく響いた音が、真上から降ってきた。 
眉間に音が当たるのをはっきり感じ、鼻から肩、背中へと走った。 
またたく間もない。 
何かが叩き出されたように感じ、あるいは、眉間から飛び込んできた 
音が、そのまま抜けていったようにも感じた。

気付くと、登山口脇のバス乗り場だった。 
意識の上では、音が眉間に当たった一瞬後でしかない。 
それでいて、音が当たった後の、山での出来事は鮮明に記憶している。

山道を歩き、昼飯を食い、転んで肘に擦り傷を作り、絆創膏を貼った。 
記憶に間違いはない。 
肘には絆創膏が貼られている。 
バスに乗り、時計を見た。 
時刻は、午前9時。 
山で過ごした記憶は、やはり鮮明だ。

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