ボソボソ

629: 雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ 2006/02/06(月) 17:52:48 ID:pa3gR7al0

知り合いの話。
冬山に入っている時、ひどい吹雪のため動けなくなってしまった。 
テントの中で寒さに震えているうち、ボソボソという話し声が聞こえてきた。 
ついに幻聴まで聞こえ出したかと思ったらしい。 
段々はっきりと聞こえるようになる。

と、いきなり入口が開かれて黒い影が何体も忍び込んできた。 
驚いている彼を取り囲んだ影は、ぼんやりとした人型に見えた。 
彼を見下ろして何やらブツブツと密談しているかのよう。

そのうち、影の一体が彼の傍に身を屈め、ぐっと耳を掴んだ。 
慌てて振り払おうとしたが、硬直した身体はピクリとも動けなかった。 
耳を掴まれているのはわかるが、顔も動かせないので状況が見えない。 
直後、耳元でゾリゾリという音が聞こえ、骨が嫌な振動を伝えてくる。 
痛みはまったくないが、硬く冷たい物が、耳と顔の間に滑り込んでくる。

 ・・・俺の耳を、ナイフか何かで切り落としている!?

あまりのことに頭の中が真っ白になったという。 
気がつくと、身体の他の場所でもゴリゴリと重く響く振動が感じられた。 
手そして足の指が削られているような、そんな感触があった。 
やがて影は一体一体ゆっくりとテントから外へ出ていく。

最後の一体が雪の中へ消える寸前、何とか目を動かしてそいつを見た。
輪郭がぼんやりしているのは相変わらずだが、指先あたりに白い物が 
ぶら下がっている。恐らくは、彼の耳と指。

それを見て理性が切れた。 
「うわわわわっっぅぅ!」と悲鳴を上げて飛び起きる。 
叫んだせいか、金縛りは解けていた。 
慌てて身体を確認したが、どこも欠けている箇所はない。 
耳も指も、しっかり満足なままだ。 
はっとテントの入口を見る。ファスナーは確りと閉めてあり、何かが入って 
きたような痕跡もなかった。

嫌な夢を見た。そう思い、残り少ない非常食を口にしてから寝た。 
味などまったくわからなかった。

二日後、食料が切れることもなく無事に彼は下山した。 
しかし代償としてか、片耳と手足の指を一本ずつ、凍傷で失ったのだという。 
・・・本当に嫌な夢だったよ。そう彼はぼやいていた

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