民宿

504 :1/3:04/08/20 17:17 ID:zvf4HVYs
去年の夏、友達同士で電車の旅に出た。 
メンバーは私(女)の他に、I(女)とS(男)の三人旅。 
ある駅に着いた時、その寂れかたに驚いた。9時前なのにぜんぜん人がいない。 
駅前の店も全部シャッターがおりていた。なぜか川の流れる音だけがはっきりしていた。 
「一応市なのにね」とか言いながら宿を探した。行き当たりばったりの貧乏旅行だったから、 
ホテルなどは選べずに、一番安かった「民宿○○」みたいなところに飛び入りでチェックインした。 
ぜんぜんやる気のない感じのおばさんが二階の部屋に案内してくれた。 
そこは明らかに古い民家を建て増ししたような建物で、階段の踊り場からいくつも階段が出ていたり、 
暗い廊下の先に木の格子の嵌った部屋が見えたり、四方を廊下に囲まれてなぜか小さな中庭があって、 
その中に謎の日本人形がいくつかガラスケースに飾られていたりと、「いかにも」な雰囲気が漂っていた。 
床や扉の軋む音が、なによりそれらしかった。 
そんな状況を楽しんでいたのは私一人だったようで、怖がりのIは部屋につくまでにすでに半泣き、 
どちらかというと敏感なSは、笑いながらも私たちの部屋を去り際に、「俺一人部屋すごく嫌なんだけど」と私たちに縋った。 
追い出した。 

おばさんが去った後の宿泊棟は、私たち以外誰もいないようだった。 
相変わらず川の音は響いていたが、慣れると旅情があって結構良かった。 
ひとしきりはしゃいだ後、疲れもあったしさっさと寝ようということになり、洗面所(共同)で歯を磨いていたとき、 
Iがコンタクトの洗浄液を取りに部屋に戻った。怖がりのIは、長い廊下を曲がるまでの間何度もこちらを振り返った。 
私とSは、戻ってきたIを怖がらせてやろう!と計画した。急いで洗面所を片付けて電気を消し、 
中庭に面した階段の踊り場(結構広い)にしゃがみこんで息を潜めた。ここからだと向こうの廊下からは見えないはずだ。 
丁寧なことにその踊り場にも郷土名産らしい「こけし」や人形がいくつか並べられていて、 
私とSは「これ怖いよ~」などと、おどけて話していた。 
やがてIが静かに戻ってきて、何度か私たちの名前を呼んだ。 
最後は涙声になっているようだった。 
「しまった、かわいそうなことしちゃった」と思うと気まずかった上、 
怖がらせようという計画だけでオチを考えていなかったので、なんとなく出づらかった。 
Sも同じ気持ちだったんだろう、彼も静かだった。 
そうしているうちにIは部屋に戻っていき、気まずい沈黙を残したまま私たちのいたずらは終わった。 

部屋で半ギレで待っていたIに、私はとにかく謝った。でも特に何もなかったということで、笑い話で片付ける気まんまんだった。 
「すごい怖かったんだから!」と言いながら、Iも本気で怒っている様子はなかった。 
私も「涙声だったよね、最後」などとからかったりしたが、なんとなく話がかみ合わない。 
Iは私たちを呼んでいないと言うのだ。 
怖がらせ返しかと思い追求したが、まじめな顔で否定する。 
私も少し怖くなってきて、今まで黙りっぱなしだったSに同意を求めた。「Iの声だったよね?」 
しかしSは曖昧な返事をして、はっきり話したがらない。結局それはそのままにして、私たちはそれぞれの部屋で眠った。 

次の日民宿を出た後で、昼食を食べながらSがぽつりと言った。 
「あのさ、昨日のことだけど、(私)、俺と一緒に踊り場いたよね」 
「いたねー。あれはもしかしたら本当に出てたのかもね」 
「あそこに人形とかあったじゃん。庭のところにもあったじゃん」 
「あったねー」 
「あれ全部こっち向いてたよ。そんなわけないよな?でも俺見ちゃったよ…」 

まさかとは思ったが、何も言えなかった。ほんのり。 

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