敦彦

原著作者名:電車男さん 2010/06/09 12:45「怖い話投稿:ホラーテラー」

敦彦は小学2年の途中から転校して来て、最初は『暗い奴だな』という印象しかなかった。
もやしのようにほっそりとした体に、牛乳瓶の底のように分厚いメガネ。
いかにもガリ勉という印象で、休み時間もみんなと騒ぐ事もなく、一人っきりで物静かに読書をしている、そんな男だった。

ある日の放課後、先生に呼び出しくらって怒られた後教室に戻ると、必死に何かを探す敦彦の姿があった。
下校時間で誰もいない教室。
気になった俺は敦彦に声をかけた。
「香川(敦彦)、何探しているんだ?」
「あっ…谷口君。本…本のしおりを探しているんだ」
よほど大事な物なのだろうか?敦彦は焦っているようだった。
以前勉強を教えてもらった事もあり、俺は一緒になって探した。

「あっ!…これか?」
木造校舎の床、木の隙間に挟まっていた。
「あぁ、ありがとう谷口君!」
敦彦は見たことがない笑顔を向け、それを見た俺は何だか嬉しくなった。
「このしおりはね……死んだおばあちゃんが使っていた物で、死ぬ前に僕にくれたんだ。宝物なんだよ」
「そうか、見つかって良かったな!」
俺と敦彦は教室をあとにした。

校門を出るとなんとなく一緒に帰る流れになった。
しばらくお互い無言だったが、珍しく敦彦から話しかけてきた。
「ねぇ谷口君、うち誰もいないんだけど、遊びにこない?テレビゲームもあるよ」
「マジで!?やりたい!」
テレビゲームなんて買ってもらえなかったので、ワクワクしながら敦彦の家について行った。
(ちなみに、ファミコン以前のテレビゲーム)

「ここだよ」と言う敦彦の家は凄く立派な建物で、入るのを躊躇してしまう程だった。
敦彦の部屋は10畳以上あったと思う。綺麗な学習机に沢山の図鑑、超合金なんかもいっぱいあった。
「お前んち金持ちなんだな」と言うと、敦彦は寂しそうに笑った。
「いくら物があっても、外で激しい運動が出来ないんだ…体弱くて、お医者さんから運動止められていて…」
どうやら敦彦は、病気で心臓が悪いらしい。
当時は養護学級などほとんどなかったので、こういう子達もクラスに1人くらいの割合でいた。

「香川、お前上手すぎ!ちょっとは手加減しろよ!」
「えぇー!?谷口君、手加減したら面白くないよ」
今までほとんど話した事がなかったが、ゲームをしているうちに俺達はすぐに打ち解け、
帰る頃にはお互い呼び名も変わっていた。
「敦彦、また勝負しような!次は負けないからな!」
「次やってもタニヤンは勝てないと思うよ」

それから俺達は急速に仲良くなった。
学校でもよく話すし、敦彦はほかのクラスメートとも話すようになった。
3年生になってもクラスは同じになり、楽しい毎日を送っていた。

ところが4年生になる頃、養護学級が出来る事になり、敦彦とクラスが離れ離れになるという話を聞いた。
「敦彦、クラスは変わるけど、今まで通り遊ぼう」
「タニヤンありがとう。僕もずっと友達だと思っているから」
「当たり前だろ!まだお前には一度もゲーム勝ってないんだし、これからもバンバン遊びに行くからな!」

そう約束したが、4年生になると敦彦の体調が思わしくなくなり、検査入院や自宅療養であまり会えなくなってしまう。
何度となく訪問したが、そのたび敦彦の母さんは申し訳なさそうに「ごめんね」と謝る。
俺は心配する事しか出来なかったが、5年生に進級して間もなく敦彦は亡くなってしまった。
初めは信じらんない気持ちだったが、
通夜の後にっこり笑う敦彦の遺影を見て、『本当にお別れなんだな』と思ったら、悲しくて涙が溢れてきた。
俺は心にぼっかりと穴が空いたようだった。

悲しみも癒えてきたある日、同じクラスの裕二と秀樹に誘われた。
「おっ!タニヤン、これから○○公園に遊びに行かないか?」
「いいよ!何して遊ぶ?」
そう言うと、裕二は勿体ぶって話し始めた。
「公園の裏山知ってるだろ?実はな……」
秀樹と裏山の奥に秘密基地を作ったらしく、
その近くに砂防ダム(小さなダム)があり、そこで魚がたくさん釣れると言う話だった。
俺は一旦帰宅してランドセルを置き、釣り竿を持って裕二達と公園で合流した。

基地は結構近く、廃材を柱に、壁や屋根はダンボールやシートで囲っただけのチャチなものだ。
だけど外で遊ぶのが当たり前の時代、その時はそれがとても楽しかった。

基地でお菓子を食べ終え、釣りをしに向かったのだが、
ダムまでの道のりは思ったより遠く、草薮をかき分けながら奥まで進んで行った。

20分くらい歩くと開けた場所に着き、小さなダムがあった。
「やっと着いたな…ふぅ」
道なき道を歩き続けて3人とも少し疲れていた。
裕二の話だと上流側が釣れるとの事だったが、見ると秀樹は既に釣り糸を垂らしていた。
「特等席もーらい!早いもん勝ちだ!」
秀樹が得意気に言うと、裕二が「お前ずるいぞ!俺も隣で釣るわ!」と、秀樹の隣を陣取った。
その様子を見て、俺は笑いながら対岸から釣り糸を下ろした。

言ってた通り本当によく釣れた。裕二達の方は。
一匹も釣れない俺は対岸に移ったが、釣り場所がないので、
「俺もう少し上流行ってみるわ」と、かき分けながら上がって行った。
辺りは一層草が生い茂って足場がなく、俺はどんどん登って行く。

5分くらい登ると、さっきよりも広く静水している場所を見つけた。
よしここで釣ろう!と、俺は釣り糸を垂らした。
すると早速魚がかかり、その後も面白いように釣れ俺は夢中になっていた。

気づけば日も傾きかけてきたので、竿を片付け戻る準備を始めた。
カサカサ……カサカサ…
まさか熊じゃないだろうな?注意深く辺りを見渡すが何も見えない。
気のせいか?と思い、下流に向け歩き出すと背後から、
カサカサ……カサカサ…
間違いない何かいる!
俺は素早くうしろを振り向いた。
「あぁぁ…」
すぐ後ろには男が立っていた。
帽子を被りリュックを背負ったその男は、口から血が混じったような涎を垂れ流し虚ろな目をしていた。
俺は喚きながら魚を投げつけ走り出した。
「うわぁぁー!わーっ!」
逃げている最中は恐ろしくて振り返る事が出来なかったが、耳元から男の声が聞こえる。
「苦しい……オォォ…」
止まったら終わりだ!誰か助けて!
そう思いながら走っていると、足元をとられ転倒してしまった。
もうお終いだ!
立ち上がる気力もなくなってうずくまっていると、懐かしい声が聞こえる。
「タニヤン…タニヤン…」
「敦彦……?」
おそるおそる立ち上がり振り返ると、男の姿はなく敦彦が立っていた。
俺は何がなんだか分からず呆然としていると、敦彦は何か呟きにっこりと微笑んで消えてしまった。
俺は敦彦がいた場所を見て涙を零しながら叫んだ。
「ありがとう敦彦!お前助けてくれたんだな!」

あれから30年近く経つが、敦彦は今でも大事な親友だ。
なぜなら、消える間際の言葉が物語っている。
「僕達ずっと友達だろ」

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