見つめる母親

原著作者名:甚兵衛さん 2008/12/02 17:13「怖い話投稿:ホラーテラー」

ウチの嫁さんの実体験です。

11月12日に産婦人科で長女を出産。『あかね』と名付けた。
初産で、しかもお互いが望んだ女の子だけあって、手放しで喜んだ。
その後、初めて抱いた我が子の小さな体に、愛しさで胸がいっぱいになった。可愛くて仕方がない。
当然ながら、毎日仕事終わりに病院に直行。
ガラス越しに名前を呼んだり、抱かせてもらったり、小さな手を握ったり…

しかし、産後3日目にいつもの様に病院に立ち寄ると、嫁の表情が明らかに暗く沈んでいる。
「どうしたの?」と聞くと、うつむいた嫁は「夜、怖いの…。また…あの女の人…」と言った。
嫁のその一言で、一時だけ忘れていた事をすぐに思い出し、温かい感情が一気に冷めた。

嫁は昔から少しだけ霊感があった。
そして妊娠中に突然現れ、以後付きまとう様になった女の霊に悩まされていた。
度々出てくるその女は、産婦人科に通院し始めた頃に初めて見たらしい。

---以降、妊娠中の嫁の話---
妊娠中、嫁は定期健診で病院を訪れる度に、
待ち時間や帰り際に、新生児をガラス越しに眺める事を楽しみな日課にしていた。
いつもは新生児の両親や親類、友人なりがガラスの前に居た為、遠慮がちに端から新生児を眺めていたそうだ。
しかし、その日はたまたま運良く新生児ルームの前には誰も居なかった。
ここぞとばかりに真ん中に陣取り、「かわいいな~♪」と眺めていると、
急に真後ろから覗き込む様な気配を感じて振り返った。
そこには20代半ばの女性が立っていた。
目が合い、咄嗟に『空気』を感じた嫁は、逃げる様にその場を立ち去った。
明らかに生気の無い肌色と、大きな黒目…。
『何で?何でこんな場所で見えるの?』と思いながら、立ち去る途中振り向くと、
女は涙を流しながらガラスに手を当て、新生児を見ていたそうだ。

それから度々、女は嫁の前に現れた。
ただ、何する訳でもなく、口を真一文字に閉じ、嫁のオナカを見つめるだけ…。

と、自分が嫁からこの話を聞いたのは、その出来事から暫くたった、臨月になってからの事だった。
心配になり、「何で今まで隠してたの?大丈夫なん?」と聞くと、
嫁の返答は意外にも「大丈夫…と思う。いつもその人、ただ見てるだけだから。最近は出てこないし」と、楽観的だった。

---以降、産後3日目夕方+退院後に聞いた話---
娘を出産したその日は何事もなかったそうだ。
しかし産後二日目の深夜、嫁は突然の金縛りに遭う。
同時に、授乳の為にすぐ横に寝かせてある赤ちゃんの方に気配を感じた。
目で追うと、女が枕元に立っていたそうだ。
嫁は恐怖から逃れようと、必死に知り得る限りの念仏を頭の中で唱えた。
すると女は初めて口を開き、
「んん…んあぁぁ、、あ、あた…しの、赤ちゃ…ああぁぁあっ!!」と、赤ちゃんに手をのばしてきた。
『ぎゃあぁぁー!やめてぇぇぇー!!!』と嫁が心の中で叫ぶと、女は手を止め、
「さおり、、、さおり、、、さおちゃん…」と誰かの名前を呼び、一瞬浮かんでスッと消えたそうだ。
体の自由が戻った嫁は、即座に赤ちゃんを抱きかかえ、
「この子を連れて行かないで下さい。お願いします」と何度も願いながら、朝まで一睡もしなかったと言っていた。

そして翌日から退院まで、女の霊は現れなかった。
病院の方にも、嫁は過去の経験から『変人扱い』されるのが嫌で、最後まで言わなかった。

と、退院後に嫁から話をすべて聞いた後、二人で考えた。
自分達が親になって、この子の為なら何でも出来るって思った。
もし、あの女の霊が病院で亡くなったお母さんで、我が子をこの手に抱けないまま亡くなったと想像すると、胸が痛い。
さぞかし無念で堪らなかっただろうと思う。

ご冥福をお祈りします。

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