ほごえ

569 雷鳥一号 ◆jgxp0RiZOM sage 2013/10/31(木) 20:33:14.47 ID:SegK8mJf0
知り合いの話。 

仕事で山に一人籠もっていた時のことだ。 
焚き火の前に座っていると、何処からか「おーい」と呼ばわる声がした。 
怪訝に思って声の主を探しに向かったところ、一本の古い松の巨木に行き当たる。 
幹の表面がテラテラと光っており、そこから「おーい」という声が発していた。 
「何だこりゃ、気味が悪い」 
声を出す以上の怪異は起こっていなかったので、サッサとそこから逃げ出した。 

後で地元の老猟師に聞いたところ、長い年を経た松脂は化けることがあるそうで、 
怪しい光を発したり、声を上げて人を惑わしたりするという。 

これがもっと歳月を重ねると、『ほごえ』と呼ばれる物の怪へ変じるのだと。 
そうなると自力で動けるようになり、松の木から離れ歩き回るようになるらしい。 
ほごえは動物を襲って喰らうとも言われているので、 
「もうその辺りでは野宿をしない方が良かろう」とも忠告されたそうだ。 

「それからしばらく経ってからだけど……。 
 その山でまた「おーい」て呼ぶ声が聞こえたんだ。 
 やっぱり夜中のことでね、あの時の声とまったく同じ調子に思えた。 
 流石にもう声の主を探したりなんかしなかったよ。 
 でも前の時とは様子が違っていて……」 

その夜聞こえた「おーい」という声は、彼の方へ段々と近づいてきたのだという。 

「声が寄ってくるのに気が付いた時は、本当に驚いてしまってね。 
 ……正直なところを言うと、とても怖かった。 
 夜の山を歩くのは嫌だったけど、火の始末をしてすぐに逃げ出したよ。 
 ちょっとの間は後をついてきたけど、やがて聞こえなくなったんでホッとした。 
 ほごえとか完全に信じてる訳じゃないけど、もうあの辺では野宿は出来ないなぁ」 
難しそうな表情で、彼はそう言っていた。 

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