音楽棟の老人

953 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ :03/08/25 11:06
あれは大学1年の冬のことでした。 
僕の大学はだいぶ古い学校で、校舎もひどく汚れが目立って 
オンボロだったけども、その中には『音楽棟』という一つだけ真新しい 
綺麗な建物がありました。大学の校舎には講義のための教室が 
いつくかあるのが普通ですが、音楽棟にはそういった教室はなく、 
個人用の練習室が50部屋以上あり、それぞれの部屋には一台ずつ 
アップライトのピアノが置いてあって、好きな時に練習室を使う事が 
できるようになっていました。 
ある時、同じ学科のY美という女の子と文化祭で連弾曲を弾くことになり、 
僕は週2くらいの割合で練習室に行ってピアノを弾くようになったのですが、 
そこで恐ろしい事が起こったのでした。 
ある時、いつもなら音楽棟2階の練習室でピアノを弾いているY美が、 
「3階の練習室を使おう」と言ってきたのが始まりでした。 

3階の練習室―――そこは主に上級者と言ってよい程の腕前の学生たちが 
使用していて、初心者の僕にとってはなかなか入り辛い場所だったのですが、 
たまには悪くないなと思い、Y美と一緒に3階の一番奥の練習室に入りました。 
僕等の入った部屋の隣の部屋では誰かが「ラカンパネラ」という曲を弾いていました。 
せいぜい「エリーゼのために」がいいとこの僕にとっては相当ハイレベルな曲です。 
とても速いテンポで難しい旋律をスラスラと弾いていたので、感心してY美と 
聴き入っていたのですが、不意に演奏がピタッと止まり、辺りはしんと静まりました。 
その間せいぜい2,3秒だったと思います。あれ?と思ったのもつかの間で、突然 
「ウウウウウウウゥゥゥゥ・・・」 
と静寂な空気を破るかのような低い呻き声が隣から響き、その後すぐに 
「ジャーーーン!!」と凄まじい打鍵音が鳴りました。ちょうど両手全部の指で 
一度にデタラメに鍵盤を弾いた時に出るような、調和性皆無の不協和音でした。 
僕とY美はあまりに突然の出来事にしばらく無言で顔を見合わせたままでしたが、 
意を決して隣の練習室の中をドアの小窓からそっと覗いてみると、 
そこには一人の男が鍵盤の上に頭を乗せて突っ伏し、手はだらんと垂れていました。 

普通なら誰だって心配して「大丈夫ですか?」などと声を掛ける場面で 
あると思いますが、そのとき僕にはそれが出来ませんでした。 
なぜならその男は顔面中シミやシワだらけの90は越えているであろう老人で、 
全く予想外の風貌だったからです。鍵盤にもたれたその顔は無表情で、 
何とも言えない不気味な目つきで僕等をじっと睨んでいました。 
この老人がさっきの曲を・・・!?あり得ない。 
そもそも練習室にこんな老人がいる事自体、どう考えても不自然ではないか? 
という疑問の方が強く、僕等は怖くなってその場から走って逃げ出しました。 
音楽棟から出ると外は真っ暗で、時計を見ると既に午後8時。 
Y美が「なんか怖いよ、もう帰ろう」と言ったその時、3階の僕等のいた 
部屋の辺りから、再びあの曲が聴こえてきました。 
やはり上手い。とても老人の弾けるものではない・・・などと思いながら 
聴いていると、またもや演奏がさっきと同じ部分で急に止まり、2,3秒後に 
「ジャーーーン!!」と強烈な不協和音の打鍵音が響きました。 
いよいよヤバイと思い、管理棟に行って、音楽棟に不審な人物がいるから 
調べてほしいと頼み、管理人に様子を見てもらったのですが、 
どういう訳か音楽棟には誰一人残っていなかったとの事で、問題の部屋には 
ふたが開きっぱなしのピアノと、古ぼけたリストの楽譜が置いてあっただけでした。 

その後練習室では特におかしな事もなく、あの老人が一体何者だったのか 
結局は分からずじまいでしたが、今でもラカンパネラを聴くとあの強烈な打鍵音と、 
老人の虚ろな表情を思い出してしまうのです。 
長文失礼しました。 

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