盗まれた自転車

779 雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ sage New! 2012/12/15(土) 18:42:41.36 ID:ovODbRbZ0
後輩の話。 

彼は高校生の頃、自転車で通学していたのだが、ある時この自転車が盗まれてしまった。 
まだ新しい物だったので、大変に悔しく残念に思ったそうだ。 
その内新しい車両を買い直すつもりで、しばらくは母君の自転車で通っていたのだが、 
一週間もしないで警察から連絡があった。 

彼の自転車が放置してあるのが見つかったという。 
「新車を慌てて買わなくて良かった」と喜びながら、電車で一駅離れた町の交番まで 
引き取りに行くことにした。 

翌日、交番を訪れ名前を告げると、初老の警官が自転車を持って来てくれた。 

目を疑った。 

記憶にある姿と異なり、自転車は酷く傷んでいたのだ。 
色々な所が真っ赤に錆び付いていて、スポークも何本か朽ちて折れている。 
ブレーキは何年も油を差していないかのように、ガチガチに固くなって動かない。 
ゴムタイヤは、前輪、後輪とも、カラカラにひび割れて裂けている。 

「これ僕のチャリンコじゃないですよ」と文句を言おうとしたが、よくよく見ると 
そこここに見覚えのある特徴が発見できた。 
唖然としながら尚も詳しく見てみると、錆びた防犯登録証の下に、間違いなく自分の 
名前が書いてあるのが確認できたという。 

「……何でたった数日でこんなにボロボロに……」 
彼が呆れてそう言うと、警察官は残念そうな顔で教えてくれた。 

「見つかったのがクチタヤマだからなぁ、運が悪かった」 

引き取り書にサインした後、お茶を出してくれた警官は、詳しい話をしてくれた。 
「こいつが乗り捨ててあったのは、地元じゃクチタヤマって呼ばれてる山の麓でね。 
 その山に捨て置かれた物はどうしてか、凄い早さで古くなってしまうんだ。 
 物が朽ちるからクチタヤマ。 
 名前の由来はそんなところだろう。 
 年に一回は山の清掃作業があるんだが、出てくるゴミが決まってもう、何というか 
 ボロボロになり過ぎていてね、元の姿さえ想像できないよ」 

「迷惑な場所ですね、それじゃ何にも利用できない」と彼が感想を漏らすと、 
「過去には、美術品の偽物造りに利用されたことがあるらしいよ。 
 古物専門の贋作師だったらしいんだが、新しい茶器なんかをあの山に埋めておくと 
 短期で良い感じに古びるんだとさ。 
 まぁこれも犯罪に利用されたんだから、迷惑なことに代わりはないけどね」 
苦笑しながらそう教えてくれたそうだ。 

結局、直せる所は直してから、その自転車に乗り続けたという。 

「僕が高校を卒業して、自転車にならなくなった頃、前輪の車軸が折れましてね。 
 そこでやっと廃棄にしました。 
 何と言いますか、僕が乗る間だけ必死に耐えてくれたような感じがしまして。 
 愛着がかなり湧いてましたし、処分する時はちょっと寂しかったですよ」 

現在、彼の机には、ピカピカに磨かれた自転車のベルが置かれている。 
あの自転車に付いていた品なのだそうだ。

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