見慣れた足

902 本当にあった怖い名無し sage New! 2012/12/20(木) 23:09:47.65 ID:WkTMrMzjP
「おい、これが朝日連峰…」 
そう言ってOBのSさんは写真を見せてくれた。 

都内の某企業、本社ビルの地下にある防災センターの控え室に我々はいた。 
なぜかって? 
ここは某企業で高齢になった(所謂リストラ予備軍)の集まった現場なのだ。 
仕事は設備管理。 
防災センターであるから、他に警備員も詰めて居るし、突破的な災害や急病者の連絡対応やら、 
納入業者からの問合わせの窓口でもある。 
Sさんも御他分に漏れず、58歳まで勤め上げたが、工場勤務の時に身体を壊し、 
退職金が満額で貰える時に合わせて退職をした。 

「よく朝日連峰なんか行けますよね、腰悪いんでしょ?」 
写真を手に取りながら半場皮肉ってやるとニヤリと笑いながら 
「そりゃあお前、山に登るときは違うんだよ」 
「ふうん…」 

孤独なSさんの家族は障害者の従姉妹独りだ。 
社内では先輩風を吹かせ、周囲からは敵も多かったし、俺は使いっパシリなところも遣らされたけど、 
何となく憎めないのは決して嘘を吐かないし、何か有れば情報を提供してくれたことだ。 
退職をした後はこうして週に一度、本社ビルに入っているクリニックに通院している。 
来ればこうしてセンターに顔を出し、設備のメンバーと夕方には連れ立って酒を飲みに行く。 

「今日(呑みに)行くんでしょ?」 
「うん、18時に角の中華料理屋に行ってる」 
「俺は今夜当直だよ…」 
「おまえなんか来なくていいよw」 

Sさんはそうニヤリと笑うと、傷む自分の身体を少しでも労ろうと、いつものように 
控え室の向かいにある仮眠室に入っていった。 

Sさんが翌年、大雪で行方不明になったのが9月だった。 
捜索がなされたが、天候が思わしくなく遺体の収容は遅れた。 

三週間も経ってから俺の耳に入るなんてと思ったが、知らせを受けたときは、彼の生き方を自然と 
踏襲しているような俺には、冷たい現実の中に取り残されたような気分でもあった。 

「カメラ買うって言ってたな…」 
同僚と話しながら、彼が独り世話をしていた従姉妹の身の上はどうなったのだろうとボンヤリ考えていた。 

当直の俺はその日、夜間巡回から戻ると、控え室のレターケースから彼のくれた黒岳の写真を眺めてみた。 

「また黒岳行ったんだ…」 
呟きながらそれをしまい、再び防災センターに戻ろうと控え室の入り口に近づいた。 

「ん…」 
控え室のドアにはダイヤガラスがはめ込まれてあり、向かい側の仮眠室のドアのダイアガラスからの 
光が洩れているのが見えた。 

「誰だ? 誰もいないはず」 
控え室のドアを開け、仮眠室のドアをノックする。 
返事なし。 
訝って、開けてみた。 
仮眠室の二段ベッドの上に、見慣れた二本の足が投げ出されているのが見えた。 

Sさん…? 
急に周囲が何とも言えない、ゾーッとする淋しい空気に包まれている感じがした。 
途端に自分が真夜中の絶海の孤島に一人でいるような、戦慄が湧いてきた。 
恐ろしいもの…恐ろしいものを見てはいけない… 
しかし…なんだこれは… 
俺はグッと怖さを抑えて前に一歩進んだ。 

Sさんの上半身はなかった… 

Sさんの… 
膝から上が消えてない身体が二段ベッドの上に寝ていた。 
マジマジと見つめて数秒後、部屋の照明が突然ふっと落ちた。 

そのまま俺は慌てて防災センターに飛び込んだ。 
振り向くと同時に不審な顔を見せる若い二名の警備員たち。 

「どうしたんですか?」 
何かあったのかと言わんばかりの彼らから後日聞かされ、その時の俺の顔は真っ青だったという。 

翌朝、俺は警備の若い奴に言った。 
「昨日は火曜日だったよね?」 

そう、毎週火曜日はSさんがクリニックに治療に来る日だった。 

何時か俺も紅葉の黒岳を見に行こうと、彼のくれた写真をまだレターケースにしまっている。 

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